こんばんは、トーコです。
今日は、ポール・オースターの『オラクル・ナイト』です。
■あらすじ
病から帰還したシドニーは、ある日不思議な文具店でブルーのノートに出会い、購入する。
家に帰り、ブルーのノートに憑りつかれたように小説を書きだす。
■作品を読んで
この作品は、訳者曰く「書き方が変わった小説」だそうです。確か、オースター自身がパソコンで書きだしたとか、そんなことを聞いたことがあります。違ったらごめんなさい。
そして、文庫版は読むまで気が付かなかったですが、これはソール・ライターの写真です。ソール・ライターもニューヨークを舞台に活躍した写真家です。
トーコもソール・ライターの写真が好きなので、ダブルでうれしいです。
さて、作品に戻ります。
この作品は、小説の中に小説が入っているという不思議な作品です。おそらく、読みなれない人は入れ子構造で複層するので混乱すると思います。
時折時空が分からなくなることもあります。でも戻ってこれますよ、そこは大丈夫。ヒントがありますからね。
シドニーは大病から帰還し、自宅に戻ります。しばらくして、ブルックリンの街を歩いていると、中国人のチャンという男が開く文具店でブルーのノートに出会います。
シドニーはこのノートに憑りつかれたように小説を書きます。小説は、突如日常を捨ててカンザスシティに移る男と奇怪な電話帳図書館をめぐる物語。
それが終わったと思ったら、生活のために書く「タイムトラベラー」をリメイクした映画の脚本。
さらに、物語の中盤で中国人のチャンとの関係性も変わってきます。まあ、売春宿に連れられてやってしまったのだから、妻グレースに余計な罪悪感を持たなきゃならんのだから、仕方のない話。
しかも、それでチャンから裏切り者扱いされ、残りのノートを買おうとしたら、お前はダメと言われるのだから。
何が凄いって、登場する伏線をことごとく破壊するのですからね。読み手としては、一体どこへ向かうのやらと予測不能の域に達します。
さらに私生活の面でも転機を迎えます。なんと、妻のグレースがこのタイミングで妊娠します。この作品で唯一の明るい兆し。
物語の終盤で、友人であるジョン・トラウズの息子を見に行ってほしいと依頼されます。この息子がとんでもないです。
ジョン・トラウズとグレースは長年の友人でした。ジョンはグレースが幼いころから知っているのです。
薬物更生プログラムに入所している息子の様子を見に行ってほしいと頼まれます。当然ですが、グレースはこの息子を知っています。
なんと、最初に会ったときに唾をグレースに向かってはいたのですから。おお、犬猿の仲以上のものがあります。
ジョン・トラウズも息子に会いに行くものなら何が起こるかわからないので、まともに話せそうなシドニーを指名します。
シドニーは仕方なくトラウズの息子ジェイコブに会いに行きます。彼にとってもこの面会は非常に不快なものでした。
それから、シドニーは再びブルーのノートに何か書こうとします。失敗した物語は置いて、新しい物語を書こうとします。
ところが、そこで思ったのはグレースのことです。おそらく、ジョン・トラウズとただならぬ関係に陥った時期が何回もあったのではないか、と察します。シドニーが病気で倒れた時にも関係を持ったのではないか、と。
でも、グレースが語らない以上はあくまでシドニーの推測でしかないです。それに、シドニーはこう思います。
グレースが私を求めてくれる限り、過去はどうでもよいのだ。
非常に潔いです。相手を愛し、思いあうということはこういうことなのです。
最近不倫で芸能人が最近よく干されてますが、それは夫婦間の問題です。外野がとやかく騒ぐことでもなく、ましてや仕事を失わせるところまで追いやる必要もないのです。
過去に様々なことがあっても、相手から求められ、信じて愛せばそれでいいのです。
物語の終盤で大きな出来事が2つ起こります。
1つ目は、グレースがジェイコブにひどい暴行を受け、大けがを負いおなかの子供を流産させてしまいます。
2つ目は、ジョン・トラウズが亡くなったことです。ジョン・トラウズはシドニーに手紙をあてていました。
ジョン・トラウズは、死に際にシドニーの未払いの医療費と同額の小切手を用意していました。金策のための仕事ではなく、小説に集中して立ち直ることを切に願って。
シドニーが何かすごいことをきっとするだろうという期待からの援助でした。シドニーは、死があまりにも早すぎて礼を言えずに終わったと後悔します。
それもそのはずです。シドニーがジョン・トラウズからの手紙を受け取ったのは、葬儀の後のことでした。
シドニーにとってジョン・トラウズの手紙は必要なお金があったことだけではなく、シドニーの才能を純粋に信じ、小説家としての希望を持たせるような励ましで終わっていたのですから。さぞかし幸福なことでしょう。
こうして、シドニーも無事に病から立ち直っていくのです。まるで霧が晴れたように希望の種をまいたように終わります。
作者曰く、この作品は音楽でいうところの弦楽四重奏だと言ったそうです。ちなみに、この作品の前に出した「幻影の書」はフルオーケストラとたとえたようです。
確かに、少数精鋭で物語が変幻自在に広がるさまはフルオーケストラとは違う魅力があります。
今回でこの作品を読むのは2回目なのですが、ポール・オースター作品の中でどれがいいかと聞かれるとトーコの中では今のところこれが1番オススメです。
物語として面白い、と純粋に言い切れます。そして、珍しい愛を描いた作品なので。
■最後に
ポール・オースター入門編として個人的にはすごくオススメです。
幾重にも重なる物語が、弦楽四重奏のように変幻自在に折り重なります。最後は一類の希望とともに終わります。
読後は静かな幸福感に包まれます。
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