こんばんわ、トーコです。
今日は、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『離れがたき二人』です。
■あらすじ
9歳のシルヴィーは、アンドレと出会った日から彼女のことが好きでした。2人はともに成長します。
しかし、大学生になって2人の友情にも陰りが見え始めます…。
■作品を読んで
この作品は実話です。シルヴィーはボーヴォワール、アンドレはザザに置き換えることができます。
さらに言えば、この原稿はボーヴォワールの存命中に発表されることはなかったのですが、管理を任されてた養女が出版を決断します。それが2020年です。
つまり、まさかのボーヴォワールの新作がここに日の目を見ることになったのです。
ここで、ボーヴォワールって何者かという話を。
ボーヴォワールはフランス生まれで、代表作は『第二の性』で、哲学者のサルトルとは契約結婚という従来の法制度に従わない、双方の同意に基づく結婚の形を選んだ、フェミニストです。
というか、ボーヴォワール自身も女性としてはかなり優秀な方だったのだと思います。ソルボンヌ大学に入学し、21歳の時には哲学のアグレカシオンという教員資格に合格します。ボーヴォワールの合格は史上最年少で、前年にサルトルはこの試験に落ちています。
また、死ぬまでフェミニストとして数々の闘いに参加してきたことでもおなじみです。さらに言えば、サルトルはボーヴォワールのほかにも様々な女性と浮名を流していたようです。が、なぜかサルトルはボーヴォワールのもとに戻るということを死ぬまで繰り返していたようです。
さて、当時の時代の斜め右を行き過ぎているシモーヌさんの対極の生き方を選ばざるを得ない人生を送ったのが親友のザザで、この作品でいうところのアンドレです。
作品に戻ります。アンドレに出会った瞬間から、シルヴィーはアンドレに魅了されます。それは、2人が9歳の時です。
アンドレはやけどの影響で1年間学校を休まざるを得なかったので、学校1番の優等生シルヴィーのノートを貸してほしいと頼みます。
それから学校から帰るときも驚かされます。フランスの学校は親が迎えに来るようですが、アンドレはしかるべき家柄の娘なのに親が迎えに来ませんでした。なので、シルヴィーの母親は不審に思います。
それでもシルヴィーは、アンドレに魅了されます。きっと彼女は将来書物に人生が記される天才少女の1人かもしれない、と思っていました。
まあ、実際はシモーヌさんによって書物に残されてしまうのですが…。
第一次世界大戦中はシルヴィーとアンドレは離れ離れになります。
シルヴィーは再会できた時は喜びというよりは、自分のこころが空っぽで退屈だったのは、アンドレの不在が大きかったのではないか、と分かりました。それだけ少女のシルヴィーにとってアンドレの存在は大きいものでした。
仮にもしお互いに会ってはいけないと言われたら、アンドレは寂しがったでしょうか。わたしほどではなかったことは確かです。皆はわたしたちのことを「離れがたき二人」と呼び、アンドレは他の同級生の誰よりわたしを気に入っていました。
まあ、アンドレは実際のところはシルヴィーよりも母親に対する敬慕の念には勝てないということは認めていたようです。
とはいえ、シルヴィーのアンドレに対する思いは届いているのやら、届いていないのやらと、読んでいるこっちまでやきもきするような出来事がありました。
13歳のアンドレはこう返します。
わたし、子供ででいるのには飽き飽きしているの。なんでいつまでも終わらないんだろうってあなたは思わない?
13歳でそれが言えるってなかなか早熟な子だな、と思います。しかし、大人に近づくにつれ、アンドレは大変な思いをするのですが…。
同時にお互いの家族関係のことも少し触れられています。
シルヴィーは、告解の時の神父の行動に嫌気がさし、信仰について疑問を持つようになっていました。
また、この頃アンドレは最初の恋に破れてしまいます。
第2章になると、バカロレアを受け、ソルボンヌ大学で勉学に励むことになりました。ここで、2人はかなり対照的になります。
シルヴィーはキリスト教から解放されているように見え、周囲の学生たちから若干浮いているようでした。
アンドレの家は伝統的なブルジョワ一家で、大学卒業後はすぐに結婚させられる運命にありました。しかし、アンドレはパスカルという同級生を好きになります。もちろんシルヴィーもアンドレがパスカルに好意を持っていることを知っています。
しかし、アンドレの母親は恋愛結婚をしようとするアンドレに反対します。どうやらこの家には恋愛結婚という選択肢はないようです。
驚きます。100年くらい前のフランスではこういった話が合ったのですから。てっきり18世紀くらいの話かと思いましたもの。
アンドレは必死に抵抗します。そんな時に、アンドレの家のバカンスにシルヴィーは誘われます。シルヴィーが駅に到着した時にアンドレは車に乗って迎えに来ました。
何事も昔のように器用にこなすアンドレですが、おそらく当時女性で車を乗りこなす人はそう多くはない時代のはずです。
とはいえ、ちょっと奇行の多いアンドレですが、ついに事件を起こします。アンドレの足を斧で切りつけるという事件が起きました。
一歩間違えれば足を切断するレベルの話ですが、アンドレはこれでバカンスの終わりまで寝たきりだといいます。これで家族の目から逃れることができると。もう精神的にはかなり限界がきてますね、これ。
しかし、相変わらずパスカルとの結婚は許されませんでした。
アンドレは20歳になるまでの5年間で様々な苦しみがありました。初恋の人と離れ、自分が生きている世界の真実を見出して失望したこと、自分の気持ちに沿って行動することで母親と対立が避けられなかったこと、何かを勝ち取っても良心の呵責に苦しんでしまうこと。
これが1番近くで見ていたシルヴィーの分析です。なんか、重。というか、自分の行動が肉親に理解されないって、本当に苦しかったんだろ思います。
やがて、アンドレはパスカルと結婚するためパスカルの父親に直談判しに行きます。なんだか、パスカルがアンドレのことを事前に話していれば結婚を許可をくれたんじゃないの、とツッコミたくなるのですが。
アンドレがパスカルの父親に会いに行った日、体調を崩します。熱を出し、髄膜炎か脳炎のどちらからしいのですが、高熱にうなされながら亡くなります。
シモーヌさんの親友ザザはこのように若くして亡くなります。何度も言いますが、実話です。うまく置き換えてください。
科学的にはウイルス性脳炎です。が、ザザが自分であり続けるために闘い、そのためには愛する母親とも対立するなど結構しんどいことも多かったのです。さらに、家自体が敬虔なカトリック教徒でもあったので、宗教の持つ精神主義も無視することは出来ませんでした。
また、フランスの階級社会がまだ健在だった時代に、自分の考えと自分の家の考えに全く折り合いがつかず、ザザは苦しみましたし、アンドレもそうやって描かれています。
シモーヌさんはザザの死は病気というより特別な存在であったから死んだのだと、彼女の死は精神主義的な犯罪なのだと。
若くして親友を亡くしたシモーヌさんにとって、こう思うことでザザの死を納得したのかもしれませんね。
■最後に
この作品はサルトルによって作品に値しないと言われ、日の目を見ることなく50年以上が過ぎ去りました。
特別な存在だった親友との交流を描いた、ほぼ実話の作品です。