こんばんわ、店主でございます。
今日は、イリナ・グリゴレの『みえないもの』です。
■あらすじ
著者は、1984年ルーマニア生まれで、2006年に日本に留学し、一時帰国後、2009年に国費留学生として来日し、博士号を取得。現在は、青森県内を主なフィールドに、獅子舞や女性の信仰を研究しています。
2人の娘さんとの日々や故郷での記憶。はてまた、フィールドワークで女性たちの物語や著者自身の物語などを描いたエッセイです。
■作品を読んで
前作『優しい地獄』がすごすぎて、本作も出た瞬間に図書館で予約して読みました。
前作の紹介はこちら。450.『優しい地獄』
個人的な話ですが、前作『優しい地獄』を読んでいた時は前職の仕事で死ぬほど忙しく、精神も肉体も疲れ果てていた時期ですが、なんできちんとブログ記事がコンスタントに存在しているのかが不思議でなりません…。
しかも、そんな時に名作に出会うとは…。
今回も前作以上にすごいなと思います。読んだことのない方向けに言うと、エッセイは1篇およそ5~7ページ程度ととても読みやすいです。
まず、いつの間にか娘さんが2人になり、『優しい地獄』と言った娘さんも10歳と大きくなりました。
上の娘さんは、ゲーテの話から「優しい地獄」というくらいの子ですから、絵を描く才能もおありのようです。
「鬼が来ない日も来る」と言ったのは、その上の娘さん。どうやら、筆者は上の娘さんの妊娠時にマタニティブルーにかかり、図書館で出会った谷川俊太郎『すてきなひとりぼっち』に救われ、何とか表現する言葉を取り戻したよう。
鬼が来ない日も来るとは、不安や焦りという鬼が来ることも、来ないこともあるという意味だそう。得てして妙だが、そんな娘さんの存在にきっと救われてるのでしょう。
マタニティブルー自体は5年ほど続き、ある日突然晴れた模様。そのあと、弘前のケーキ屋さんに行く描写を読んで、弘前に住む友人をふと思い出出す。元気かな…。このお店を知っているのかな。
あるエッセイでは、学校の教員(いわゆる大学の助教)の面接に行くため、青森と東京に行く様子が描かれています。
特に面接の描写では、「え、これ聞いたらダメでしょう…」ということを当たり前のように聞く大学もすげえなと思いました。
子供がいる人なら、そりゃ当然引っ越しも辞さないでしょうし、通うだけの交通費をくれるんですか…、と言いたくなります。
さらに男性の中には、ニヤニヤしながら面接時に聞いた人もいたそうです。うわ、…、気味悪い。店主だったら、そんな方のいる職場お断りです。これは仮に採用通知が来ても、折見てそういった態度をとること間違いなしなので。
そういえば、面接って受ける側のほうが弱者なんだよな、とつくづく思いだされます。今の店主の複業その3建設コンサルは人手不足&資格持ちなので、そんな感情を忘れかけていますが、それは絶対に忘れてはいけないこと。
ゴタールが死んだ年に、不採用通知を筆者は受け取ります。ゴタールが死んだ年というのが、このエッセイのタイトルです。
なんか、筆者よりも憤りを感じずにはいられないエッセイでした。
と思ったら、ダンゴムシやナメクジに想いを寄せていたり。
ちなみにですが、ナメクジは耳が聞こえないらしいのですが、お祭りとかの音をサンプラーで集めてミックスしたものを聞かせてみたいなという発想が、日本人にはできないなあと思う店主。
日本の音って、当たり前にあるものなので、そんな発想に至らない。でも言われてみると、各地のお祭りの音や風鈴の音などを集めたDJミックスがあってもいいのかもしれない。
ナメクジに想いを寄せるエッセイを読んでいたら、とてもアニミズム信仰のようなものを感じ、著者のほうがよっぽど日本人だなあと思いました。
本書の最後は、女性をめぐるフィクションなのかノンフィクションなのかわからない形式で書かれた物語というべきか、エッセイというべきものなのかが収録されています。
これはあとがきにも書かれていますが、著者は弱者としての女性、みえないものとしての女性が描かれています。
なんというか、最後の話はとても象徴的なものを描いています。日本に住む店主も女性であることに思うようにいかない目に遭ったりもしましたが、それは同じのようです。
また、2人目のお子さんを出産後いろいろと気力が湧かなかった時に見た、女性が赤ちゃんを落とし、自分も死のうとした事件。
一歩間違えれば自分もそっちに行くのではないか、と頭をよぎったと思います。ハッとした出来事だったでしょう。
みえないものから、確実に声や何かが聞こえているはずです。でもきっと、普段はいろいろと見ないふりをしているんだなと思いました。
■最後に
なかなかの書き味のあるエッセイです。なんというか、ハッとします。
女性というみえないものを描いたというこのエッセイは、女性だけでなく男性にも読んで欲しいエッセイです。