こんばんは、トーコです。
今日は、森達也の『いのちの食べかた』です。
■あらすじ
今日の晩ごはんのお肉は一体どこからやってきたのでしょうか。魚はどこからやってきたのでしょうか。
そんな問いかけから始まるこの本。でもいざ訊かれてみると意外と答えられない方は多いのでは。
さらに食べものの話から意外な方向へ進みます。
■作品を読んで
この作品の凄いところは、おそらく小学生でも読みやすいくらいの平易な言葉でお肉は一体どこから来るのか、どういう過程を経てスーパーに並び、食卓に出てくるのかを解説しているところです。
筆者はどうやらこの作品を書くためだけではないのでしょうが、芝浦と場を見学したそうです。自分の目で見た情報が1番大切で、文字にするということは著者が見たものを再現することと著者は言います。
2004年に出版されたそうですが、結構時代を予見している記述だなと思います。
すごく、「I agree.同意。」と言いたくなったので。
ちなみにと場を漢字で書くと屠場。つまりここで牛と豚が殺されて食肉に加工されます。
この過程もきちんと描写されています。ぜひ目をそらさずに読んでください。
私たちがこうして食べることができるのはそんないのちをいただいているからなのです。
生きられたはずのいのちを私たちが生きるために使っているからです。
こうして書くと結構残酷なことでしょうが、いのちを食べるからこそ、無駄にしてはいけないし、知らないといけないのです。
牛や豚が私たちの食卓にやってくるまでの過程を知るのは、人によってはつらい話になるかと思います。
でも目をそらさずに知ってください。いのちを食べて、たくさんの職業の見知らぬ誰かさんのおかげで世界が成り立っていることに。
後半はお肉を食べる歴史から、えた・ひにん問題に言及します。
この身分制度、よくできています。正直、人間心理をうまく利用しているとんでも制度です。
社会の授業で説明されたことでしょうし、島崎藤村の「破戒」という小説は同和問題に苦しむ主人公を書いた作品です。
この同和問題もかなり平易な言葉で書いています。そのあとに戦争のことも書いています。
すごく新鮮な情報とともに書いています。
でも、この作品が本当に伝えたいことは、知ることです。事実としてあったことを知ることです。
知って、私たちは思い、考えるのです。目をそらしてはいけないのです。
文庫版のあとがきにもう1つ追加されていました。事実に慣れないでほしい、それは当たり前になって考えなくなるからだそうです。
慣れは確かに怖い。考えるということに意識が向かなくなりますから。
大切なことですけど、私たちは忘れやすいです。この作品のようにストレートですごく平易な言葉で書かれたとっつきやすい作品のおかげで、大切なことを思い出させてくれるのです。
なんというか、すごく貴重な本です。
■最後に
いのちを食べるということをきちんと学び、知る、考えることの大切さを思い出させてくれます。
とても平易な言葉で優しくストレートに事実を伝えてくれます。
何年たっても色あせない力のある作品です。
[…] なんだか、以前こんな本を紹介しました。140.「いのちの食べかた」 […]