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小説

【どこに行くか分からない】244.『逃亡者』著:中村文則

投稿日:6月 28, 2020 更新日:

こんばんわ、トーコです。

今日は、中村文則の『逃亡者』です。

逃亡者

 

■あらすじ

ジャーナリストの男は、第二次世界大戦下で”悪魔の楽器”と呼ばれたトランペットを入手し、それを持って逃亡している。

しかし、男はある女性と約束をしていた。

 

■作品を読んで

あらすじを書くのが大変でした。これ、帯と同じことを言う以外書けないので。

著者の作品をこれまで何回か紹介してきたと思います。

220.『私の消滅』174.「惑いの森」。逆順ですみません。

ただ個人的には、これまで紹介した著者の作品の中で1番読みやすい作品かと思います。

目を覆いたくなるような辛いこと、グロいものというのはこれまで紹介した作品の中で1番少ない気がします。

そして、これはどこか未来に向けてほんの一筋の光をともしているような気がします。

 

物語は、男が追われるところから始まります。実にスリリングな始まり方です。

第二次世界大戦中、戦いの場で人々を熱狂させ、軍人たちを鼓舞し続けたと言われるトランペットを持っているが故でした。

そして、追われる舞台はドイツのケルンでした。

なぜ、ケルン?と思いながらも読み進めます。

逃亡中男は、アインという女性のことを想います。実はアインはこの時点で亡くなっています。

アインは、日本に留学生として来日し、様々なバイトを掛け持ちし、8人程度の大部屋に住んでいました。 

男はアインのことが好きになり、アインも男のことが好きでした。

また、アインは自分のルーツを巡る物語を書くという夢を持っていました。

アインはこのトランペットの話を知っていましたし、自分で書く物語にトランペットの話を入れようとしていました。

しかし、夢半ばにしてデモを止めようとしたときに男に押され、打ち所が悪くそのまま亡くなってしまいました。

男は悲嘆にくれます。そんな日々の中でトランペットを手にし、追われることになりました。

男とアインの物語は、キリシタンの迫害から第二次世界大戦を経、現代に繋がります。

実は2人ともキリシタンとルーツがあるのです。男は長崎でキリシタンの末裔に育てられ、アインもキリシタン迫害で祖国を離れた日本人にルーツがあるのですから。

似たもの同士って、惹かれあうのでしょうね。

エピソードを読むと男とアインの物語は出版され、作家のN(本人でしょう)が単行本の帯を書く仕事の依頼を受けています。

正直、このエピローグがなぜ挿入されているのかが、さっぱりわかりませんでした。

これはいらないのでは、と。

この記事を書きながら読み返してみました。これはいるんだな、と納得できました。

この建物が完成する時、一つの惨劇が生まれる。あなたが見ている今は、それが建物の形をしているに過ぎない。こういった建物が、これまでに世界に無数に出現している。

最後から数えて2ページ目に書かれています。

建物をこの作品に入れ替えるとどうなるでしょう。あるいは出来事に置き換えると。

建物はもののたとえであって、作者はただたんに建物のことを言っているのではないとしたら。

世界には、私が生きている中でもですが、見たいこと、見たくないこと、見たいと欲するもの、見たくないけど見なければならない残酷なことがたくさんあります。

何かのインタビューで著者が語っていますが、この作品のテーマは「公正世界仮説」です。

これは作品の中にも随所に登場します。

「公正世界仮説」とは、世界は完全に公正にできており、人間の行いに対して必ず公正な結果が返ってくるという認知バイアスのことです。

そう信じたいのですが、実際の世の中はそうはいかないもの。でも、今の日本の社会にはあまりにも公正世界仮説の空気が流れている。

そして、政治的なこともうっすらと容赦なく登場人物の意見としてさりげなく出しています。近年の出来事になぞらえてエピソードとして登場してもいます。

読んでいる側の方が、ここまで書いてしまって大丈夫か、と心配になります。

それくらい結構書いてます。まあ、事実ではあるので納得してしまいますが。

この作品のような空気が日本を覆っているのも事実です。そして、極端に思えるかもしれませんが戦争のころの空気に似てくるかもしれません。

「戦争が終わってよかったことは?」、と聞かれたトーコのおばあちゃんが言うには「軍人がいなくなったこと」といった事実を忘れないようにしよう。ってちょっと意味が違うが。

相互監視で生きずらい世の中になり、日本は勝っていると信じ込みフェイクニュースだらけだった戦争中の時代。

今ならきっとSNSがあるから何か発信できるかもしれないし、逆の情報が流れるかもしれない。

この先きっと厳しい時代がやってくる気がします。ウイルスは結構しぶとそう。

でも、誰かに寄り添いたいし、痛みをできる範囲で理解したいし、想像できるようになりたい。なぜかそんな気にさせるものがある作品です。

 

■最後に

物語は様々な伏線を持ちながら、一類の希望を持たせて物語は閉じます。

生きずらい今の世の中だからこそ読んでほしい作品です。希望が持てます。

 

-小説,

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