こんばんわ、トーコです。
今日は、凪良ゆうの『汝、星のごとく』です。
■あらすじ
高校生の暁海と櫂は、家庭環境のせいで心に傷を負い、孤独に苛まれていました。そんな2人が惹かれあい、もがきながらも生き続けます。
生きることと愛することの意味が分かる、恋愛小説です。
■作品を読んで
この作品も実は2023年の本屋大賞でした。道理で表紙が見たことある…。とはいえ、読みごたえは見事でした。
なんか、いろいろと圧倒されました。
さて、作品に行きましょう。
暁海と櫂は愛媛の小さな島の高校に通っていた同級生でした。
櫂は母親が島で唯一のスナックを開いており、中学生のころからスナックを手伝っていましたし、数値や在庫管理は櫂の仕事でした。
母親が男に夢中になると櫂をほっといて恋に夢中になり、半月ほどどうにかして飢えをしのいだ経験もあるサバイバーでした。
そんな櫂の家の事情は島中に広がっており、櫂は早いところ島から脱獄したいといっています。つまり、脱出。
一方の暁海の家は、父親が家を出て行ってしまい、母親と2人で暮らすも、母親の精神が変調し、母親の世話に追われていました。
暁海は櫂がお酒を飲んでいることを察知し、声を掛けます。櫂はそんな暁海を気にします。
変化が訪れたのは、暁海が父親を迎えに今治に行くバスに乗った時のこと。偶然にも櫂に会い、そのまま2人で父親を連れ帰りに浮気相手の家に行くも、相手の女性がなかなか手ごわい人であることを知り、そのまま家に戻ります。
その道中で、2人とも家庭の事情がとんでもないことで共通項を見出します。俗にいう、ヤングケアラーというやつです。
2人の実家で問題が発生したら、なぜか化学の北原先生が助けてくれました。櫂の母親の失恋も、暁海の母親の自殺未遂の時も。
子供たちが島に、親の事情にいろいろと翻弄されながらも生きていきます。その現実が妙に重くのしかかる言葉。
俺たちは親につかまった手を離せない。振り払ってしまえば楽なのに、それがわかっているのに、俺たちは、どうしようもなく、愛を欲している。
ヤングケアラーの重い現実…。おそらくですが、日本の何割かの人はこうして親との関係に悩んでいるのでしょうね。
櫂は漫画の原作を書いており、作画の尚人、編集者の植木とともに、連載を獲得しようと躍起になっていました。また、高校を卒業したら東京に行くことになっていました。
暁海は、櫂を追って東京の大学に進学しようとするも、母親の看病で結局夢がかなわず、地元で就職します。
高校卒業後の2人は遠距離恋愛となりました。
また、櫂の作った漫画が大ヒットしている中、暁海は平凡な会社員として何も変わらない田舎の風土にもまれながら、櫂との立場との違いを思っては落ち込んでいました。
そんな暁海を支えていたのは、父親の浮気相手である瞳子から教わった刺繍でした。刺繍を指しているときが櫂も会社も忘れられるひと時でした。
やがてすれ違いから、暁海は櫂との別れを選びます。しかも、別れを決意してから暁海は母親のこさえた借金返済のために、櫂にお金を借りに行きます。暁海はそこから、何とか這い上がろうとし、刺繡作家の道を選びます。
別れてからも、櫂も暁海もお互いがお互いのことを忘れられずにいました。
櫂は暁海と別れてから、作画担当の尚人がゲイであることが最悪のタイミングでマスコミ報道で露呈してしまい、売れていた漫画の連載が強制的に打ち切られてしまいます。
尚人は立ち直れなくなりました。櫂も全てを失うことになり、文章が書けなくなります。しかも、32歳の時に櫂は胃癌になり、生死をさまようことになります。
一方の暁海は、すべての事情を分かっている北原と結婚することを選びます。北原からは、「互助会」という名目での結婚です。
そこに愛はそんなになく、協力関係のもとの夫婦生活でした。しかも、北原には結という女の子がおり、暁海と結婚するときに大学進学のため、家から離れることになっていました。
結は暁海が高校生の時から知っていたので、北原にとっても安心材料ではありました。しかも、結も暁海と櫂の間にいろいろとあったことを分かっていましたから、これほどまでに頼もしい互助会はありません。
ちょうど櫂が重篤な状況と知る前に、暁海は北原とこんな会話をしていました。
自分で自分を養える、それは人が生きていく上での最低限の武器です。結婚や出産という環境の変化に伴って一時的にしまってもいい。でもいつでも取り出せるよう、メンテはしておくべきでしょうね。いざとなれば闘える。どこにでも飛び立てる。独身だろうが結婚していようが、その準備があるかないかで人生がちがってきます。
(中略)
人は群れで暮らす動物です。だからなにかに属さないといけない。ぼくが言っているのは、自分がなにに属するかを決める自由です。自分を縛る鎖は自分で選ぶ。
それは女だけではなく、男だってそう。最低限の武器と、なにに属するかを決める自由は持っていたい。そのために、自分で自分を養える何かがあるといいんですね。ちょっと骨身にしみます。
ここで、暁海のとる行動は、決して正しいとは言い切れるものではないのかもしれません。ネタバレがもうあふれてしまうので、詳細は語りません。
なんというか、当事者たちが何かしらの傷を負いながらも、正しさって何、ということを人生の要所要所で突きつけられています。
正しさは自分で決められる。自分を縛るのも、自分、ということが、もっとこの社会に当たり前になってほしいなあと思うのでした。
■最後に
暁海と櫂のある意味純愛の物語として読めるかもしれません。また、成長物語としても読めるかもしれません。
けど1番は、正しさって、生きることって何だ、なのかもしれません。
自由ではない状況に置かれている人もたくさんいて、それぞれの立場からいろいろと選び取っていくことを再確認できます。
たくましくなれそうです。