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【生命の世界】278.『世界は分けてもわからない』著:福岡伸一

投稿日:1月 10, 2021 更新日:

こんばんわ、トーコです。

今日は、福岡伸一の『世界は分けてもわからない』です。

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)

 

■あらすじ

最初にこの作品を読むと驚くでしょう。表紙を開くとカラーページにはいきなり絵画が挟み込まれているのですから。

そしてプロローグを読み始めると、旅の話が始まる。一体これは何の本…。

 

■作品を読んで

何気ない出来事や文章から本題である生物の話に入っていくこの作品。途中、生物1、絵画4、須賀敦子4、著者のこと1の話もありますが。

この作品はすごく読みものとしては面白く、生物のことを書いた本にしては、参入障壁が非常に低いです。

理系のことを述べるのに、文系以上に文学や絵画に精通している方もなかなかいないと思います。おそらく、ここまで文系の分野である絵画や文学のことをうまく織り交ぜながら話せる理系の学者は、日本では福岡ハカセだけな気がします。

でも、これから先文系だ理系だ言ってられない世の中が来ると思います。トーコとしては、文系だろうと理系だろうと学問の壁は取っ払い、どちらの分野もある程度かじっておくべきだと思います。

時に別分野の知識が役に立つことは往々にしてあるのですから。そして、現にトーコ自身も救われていることもあります。

とはいえ、著作はハカセの専門分野である生命分野だけでなく、好きが高じてフェルメールについての著作まで出しているという、結構謎の方でもあります。

ずいぶん前ですが、偶然にも福岡ハカセが出るシンポジウムを聴くことができたのですが、見た目とは裏腹にかなり声の低く、意外と渋い声の人なんだな、と驚いた記憶があります。外見はザ・学者なのに。

特にですが、食品添加物について知りたい方はこの作品を読むことをおすすめします。

ソルビン酸という物質が加工食品に添加されていますが、ソルビン酸は本来微生物の細胞内には存在しない物質です。つまり、微生物にとっては本来ソルビン酸は毒なのです。

しかし、人間の場合はソルビン酸を摂取しても細胞にとっては毒にならなかったようです。これで、ソルビン酸は食品に通常添加されている濃度くらいでは健康リスクに影響はないことが証明されました。

が、長期的な人体への影響はまだ解明されていません。ソルビン酸は弱いけど長期間、日常的に人体に影響を与え続けています。その副作用がどんなものかは不明です。

そりゃそうですよ。食品添加物ってここ2,30年のものだから、実験用マウスでしかまだ長期的な影響は分からないはず。しかも、マウスだって長期的に食わせてはいないはず。人類史上始まって以来の壮大な実験でしょうね。

ハカセがここで言いたいことは、リスクが小声でしか囁かれない世の中を憂慮していることです。コンビニのサンドイッチの後ろの物質名を見ても、ほとんどの人は想像力を働かせることはできません。多くの人は一体なんだかわからないから。

安いサンドイッチを食べられるという便利さと引き換えに、ソルビン酸というリスクを引き受けている。そんなことが分かれば、あなたは一体どんな選択をするでしょうかね。

このように、現代社会にはたくさんの小さなリスクがたくさん転がっています。

ハカセはそんな現代社会のリスクが小声でしかささやかれない、見えないような状況に憂慮しています。

私たちは、そういったリスクをきちんと理解する必要があります。まさか、実際に研究している人からそんな警鐘が鳴らされるとは思わなかったのですが…。

とりあえず、理解するための知識を手にいれることから始まるのでしょう。

それにしても、今の世の中情報化社会なので情報がいかんせん多いし、取捨選択するのが大変なんですが…。まあ、そのためにこうして本を読むのでしょうね。

作品の残り3分の1は論文捏造事件について書かれたものです。この事件はアメリカで起こりましたが、世紀の事件として話題になったそうです。

余談ですが、論文捏造事件のウィキペディア記事では2020年コロナの女王という事件が掲載されています。誰もが聞いたことがあり、一時期テレビ番組でよく見ていた人です。なんで、この人栃木の大学の教員をやってるんだ、と不思議に思ってましたが、なるほどね、と納得できました。

感染症研究所という日本で一番の研究所の人が、そんな田舎の大学に行く理由はよっぽどのことですからね。

さて、戻ります。アメリカで1980年代に、スペクター事件という論文捏造事件が起こります。

最初の章で、アメリカにおけるポスドクの厳しい現実が語られます。

博士号をとり、自分の能力に自信があり、研究者として早く大発見をしたい。けれど、そんな夢をあっという間に打ち砕かれる瞬間がやってきます。最初の研究室内のセミナーです。

発表を聞くや否や、ボスである指導教官は容赦なく言い放ちます。

これしか結果が出ていないなんて、この1か月一体あんた何してたの?。こんな無能な奴に給与を払っているのかい。おーやだ、払いたくはないよ。研究はね、チャリティじゃないんだよ。

うお、下手な会社より全然厳しいんですが…。そして、研究はチャリティではないというのであれば、国はちゃんと研究に支援してほしいものです。

日本はどうだかわかりませんが、アメリカではボスが金を払ってポスドクを雇うという仕組みのようです。なので、ボスはかなり厳しい。

ボスが言い終わってから、今度は同僚のポスドクからの指摘が待ってます。周りのポスドクたちも、指摘することで優位に立ち、優秀ですというアピールをする、という厳しい世界なのです。

コ-ネル大学のラッカー研究室はまさにこの状況でした。ラッカー教授は、がん細胞からATP分解酵素を精製し、正常のATP分解酵素と比較するという実験をポスドクに課していました。これをクリアできればノーベル賞級の発見になる。

しかし、地味で骨が折れまくりの作業は、ポスドクを疲弊させていくのでした。

そんな時に、ラッカー研究室にマーク・スペクターという若者がやってきます。彼は、これから博士号を目指す学生でした。

そんな彼が研究室に入るや否や、次々に教授の求める大発見を成し遂げます。まさに、天才の降臨でした。

しかし、共同研究者だった別の教授が研究室にあるガイガーカウンターのスイッチをふと押しました。するとどうでしょう。

ガイガーカウンターは右に振り切れ、実験で使っているはずの放射性同位体と別の同位体が使用されているという衝撃の事実です。

再現実験で成功していたので、誰もが本物だと思っていたところでの、捏造事件。

奇跡はなかったのです。自分の願望をかなえたいがために都合よく切り取ったものでした。

データ捏造はこうして起こるのだなあ、というのが分かります。客観的な事実を伝えるのは簡単なことではないのです。

 

■最後に

読めば読むほど、分けてもわからない世界が広がっています。

分けてもわからない世界を見つけるために、時にデータ捏造という事件まで起きてしまいます。

文学を取っ掛かりに生物の話がどんどん広がっていくので、非常に生物の話にニガテ意識ある人も読みやすいです。

 

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