こんばんわ、トーコです。
今日は、吉本ばななの『とかげ』です。
■あらすじ
とかげにプロポーズした時に、とかげから過去を聞かされる。それでもどうしようもなく惹かれる私。
一方、私にも誰にも言えない秘密があって…。心に痛みを抱えたカップルの再生の物語である表題作「とかげ」。
他にも様々な短編が詰まっています。
■作品を読んで
吉本ばななの作品はこれまで何度も紹介していますので、参考にどうぞ。
92.『キッチン』、155.「ハゴロモ」、261.『白川夜船』。今回で4作品目です。
この作品もなかなかです。
まず、最初の作品。新婚ほやほやの男が飲み会に参加し、酔っぱらっいながら電車に乗っていた時のこと。
男の座席の隣には臭気を漂わせた男が座ります。最初男は不快に思います。
「どうして帰りたくないんだろうね」と男は言ってるのですが、次の瞬間まさかの美しい女性に変わっています。
それから女は男の奥さんのことを質問します。すると男は、すごく詳細に奥さんの様子を話しますが、冷静に読むと若干愚痴も入っています。
男は疑問に思います。この人とどういう言語で話しているのかわからなくなってきます。女はそんなことはどうでもいいと言います。
そうこうしているうちに男は最寄り駅で降りそびれ、そのまま女と話しています。と同時にこうも思います。
隣にいるものは、何か懐かしい感触を持っている。生まれるより前、嫌悪も愛情もごっちゃになって空気に含まれている場所の匂い。しかしその反面、近寄り難く触れたら危険なものであることも同時に伝わってきた。…明らかに自分よりも強大なものに出会った野生動物が無条件に抱くであろう、逃走への欲求のような。
気が付いたようです。女に対しての恐れがあることを。
女はこういいます。「住んでいる駅になんて、もう二度と降りなくっていいのよ」と。
男はそんな状況を考えます。ですが、妻がやってきて現実を突き付けられます。
家のものが少しずつ妻の好みのものになり、妻は少しずつ母でもない女でもない顔をする…。女はこういいます。
いつか新婚以外の世界に移行する日が怖いんだね。
怖くて直面しきれなかったけど、恐れの真の原因が分かります。種明かしされたとき、きっとあー、なるほどと思います。
ですが、男はきちんと向き合うことに決め、女に電車を降りることを伝えます。その瞬間、女は汚いおやじに戻りました。
ああ、男って、妻の知らなかった姿を見て勝手に幻滅し、状況についていけなくなるんだな、と思います。夫婦なんて、共同生活の相棒なのにね。
表題作の「とかげ」もすごいです。
あらすじにも書きましたが、とかげにプロポーズしてから、とかげは「秘密があるの」と話しだします。
私がとかげと出会ったのはスポーツクラブででした。とかげは当時エアロビクスのインストラクターをしていて、私は、自閉症児専門の小さな病院で、カウンセラーをしています。
私も、患者を助けるために、同調を求めてくる患者に波長を合わせてしまうので、ひどく疲れるときもあります。
そんな中で、初めてとかげと食事に出かけます。別れ際に、とかげが自分のことを話したのが久しぶりだと言います。
その時に私は、また会ってくださいと言います。私の中でこうも思います。
本当はただたださわりたくて、キスしたくて、抱きたくて、少しでも近くに行きたくてたまらなくて一方的にでもなんでも、涙がでるほどほどしたくて、今すぐ、その人とだけ、その人じゃなければ嫌だ。それが恋だった。
なんだか、とかげに対して真っ直ぐな想いが伝わってきます。そして、それが恋なんだな、と思わせてくれます。はあ、そんな相手に出会いたい…
それから、とかげは鍼と灸の学校に行き、施術院を開きます。人を治すことに一生懸命なとかげに私は尊敬の念を抱き、憧れを抱きます。
最初の出会いから少しずつ交際に発展します。とはいえ、2人とも人間相手の仕事のため疲れ切っているので、人と接触しない交際ですが。
とかげは秘密を話します。とかげには、目が見えなかった時期があり、その原因はある日突然気が狂った人が家に入ってきたという事件でした。
家族はしばらく混乱します。まあ、当然ですが。それからとかげは毎日祈ります。犯人が轢かれて死にますように、と。
そして、本当に犯人は死にます。子ども心にうれしかった、けど大きくなるにつれとんでもないことをした、と思うようになりました。
それからのとかげは犯した罪の大きさに苦しみ、いつか自分に還ってくると思うようになります。
私は、なんと話しかけるべきがを、適切にきちんと理解していました。それは君の責任ではないというのは簡単だ、けど思い込んでいるかぎりは本物です。
戦っていたんだな、と思った。いいことをすればするほど、才能をのばせばのばすほど。重くのしかかること。生理や性欲や排泄みたいに、まったく自分だけの、決して他人と分かち合えない無意識の重み。どんどんふくらんでくる、この世のあらゆる殺人や自殺のもとになっている、暗いエネルギー。
この秘密を聞き、私はこう思うのでした。安易に励ましは言えない状況で、出かけようといいます。気分を変えるため、言葉を見つけるため。
外を歩きながら突然とかげは「成田山に行きたい」といいます。とかげから言い出したのはいい兆しでした。
とかげも秘密がありましたが、私にも秘密があります。私も家族関係がかなり複雑で、父親と再婚した母親の間で育ち、実の母親は自殺し、死体を見ました。
2人がどうしようもなく惹かれる理由が分かりました。お互いに重い過去を背負っていたがゆえでした。
なんだか、歳月が解決すること、作者の言葉を借りれば精神的な荷物をまとめていくような物語です。
どの作品も共通しているのですが、希望の寸前の物語なので、希望が見えてきます。ここで、作者のコメントを引用します。
「生きていくことは地獄だ」というのは「生きていることは天国だ」と全く同じ「意味の分量」で置き換えられていることであるような気がします。どちらがいいとか、悪いとかではなくて、自分、という意識をとにかく続けていくこと自体の中に、天国や地獄というような何かが生じるのです。その、続けていくことについて描きたくなりました。
トーコが思うに、これが生きるということなのでしょう。
言われてみれば、天国と地獄と思う出来事は日々の生活の中で感じることが多々あると思います。それでも続きます、なぜって生きているから。
その中で、希望の寸前となる出来事は何の予兆もなくやってくることがあります。そこにきちんと向き合って荷物をまとめることで、何かが見えてきます。
がんじがらめの中で生きる私たちは、時にこんな物語が必要なのです。
■最後に
時間と癒し、宿命と運命が織りなす、希望の寸前の物語です。
そして、それらは大なり小なり空気のように私たちは、まとっていることを改めて感じ入るのです。