こんばんは、トーコです。
今日は、村上春樹の「猫を棄てる」です。
■あらすじ
中学生のころ、父親と一緒に猫を棄てに行ったことがある。そこを端に著者の父親について静かに語り始まる。
父親が亡くなり、いつかはまとめて書かないといけないのか、という思いを抱えながら書いた作品。
■作品を読んで
タイトルの「猫を棄てる」から、きっと猫の話なんだろうな、という淡い期待を抱いていました。
が、なんと著者の父親の話だったとは…。読みながらかなり驚きました。
作品自体は一般の単行本よりは小さくて、薄い。しかも、台湾出身の高姸(ガオ・イェン)というイラストレーターの挿絵がいい感じに作品の雰囲気とマッチしている。
なんというか、ノスタルジックな感じがすごいくいい。
さて、本編に戻りましょう。
何度も言っているように、猫の話ではなく、著者の父親のことについて書かれています。
どうやら、著者が作家になるころには著者が作家になること自体は喜んだみたいですが、その点以外はかなり冷え切ったものとなっていたようです。
それは、父親が亡くなる寸前まで平行線だったようです。
著者の父は、寺の生まれで、坊さんになるべく学校に入学し、勉強していましたが、何かの手違いで徴兵され、歩兵第20連隊にいたそうです。
著者としては、父親の軍歴について知ることについて乗り気ではなかったようです。この歩兵第20連隊というのが南京城攻略1番乗りをした部隊だったことを知っていたからです。
つまり、その先の南京大虐殺にも父親がかかわっていたのではないか、と心の中で思っていたのかもしれません。この点は言及していませんけど。
トーコの死んだおじいちゃんも戦争に行き補給兵として上海にいたとかいうことを聞いて安心した記憶があります。
とりあえず、戦争中人は殺していない。補給兵はあくまで補給と傷病の面倒、馬の世話らしいので、安心しました。
それを思ったら、著者も父親が過去に何をしていたか積極的に知ろうとは思わないでしょう。
だが、父親の過去を知るにつれ、著者の父への疑念を晴らしていきます。父親は補給兵で終わったので、最前線には立っていません。
とはいえ、終戦はレイテ島だったようで、命からがら戻ったようです。その後、京都大学に復学しています。
著者の父はかなり学問好きな方のようで、僧侶の学校を卒業してから戦争に行き、兵役を解かれてしばらくしてから京都大学に入ったようです。
学士で入学し、大学院で勉強していた無類の学問好きだったようです。
一方、著者は昭和24年生まれで、戦争は経験していません。
著者の父は、著者に期待をしていたのだと思われます。著者がそう書いているので、引用します。
自分の青春時代から見れば全然平和で、なんでもできる時代に生きる1人息子にもっと勉強してほしい思いがあったのだと思います。
しかし、著者は期待に応えられなかったという思いでいっぱいだったようです。画一的な教育に、テストの成績ですべてが決まるシステムに。
今となればそんなのどうだっていいじゃない、と思えます。しかし、それが10代で親の思いがすべての状況ならば話は別です。
この話の最後に以下の言葉で閉めています。
おそらく僕らはみんな、それぞれの時代の空気を吸い込み、その固有の重力を背負っていくしかないのだろう。そしてその枠組みの傾向の中で成長していくしかないのだろうないのだろう。良い悪いではなく、それが自然の成りたちなのだ。
そうなのでしょうね。だからいつの時代も子供と大人はどこかで対立する。って、違うか。
■最後に
猫を棄てるエピソードから、著者の父をめぐる話へいざなわれます。
なんだか違う形ではありますが、この父親にしてこの息子あり、という気がします。
生きている時代の違いというのがひしひしと感じられます。
[…] 小説なら、83.『スプートニクの恋人』 、177.『海辺のカフカ』 。随筆なら、249.『猫を棄てる』 […]