こんばんわ、トーコです。
今日は、須賀敦子編集の『須賀敦子が選んだ日本の名作』です。
■あらすじ
1960年代のイタリアには、そこまで多くの日本文学の翻訳作品はありませんでした。しかも、英語からの重訳になるので、本当の意味で訳している人はいませんでした。
そんな時に、須賀敦子はイタリア人のペッピーノと結婚し、イタリアに住んでいました。
日本文学に明るく、イタリア語が堪能な須賀が日本文学をイタリア語に訳し始めました、
ペッピーノを始め、友人のモランドが彼女の訳す日本文学を待っていました…。
■作品を読んで
この作品は、須賀敦子がイタリアに住んでいた時に、自分で日本文学を選び、訳し、さらに解説も付けた日本文学選です。
読んでくれる人は夫のペッピーノのほか、数多くの友人たちでした。
特にコルシア書店という、当時夫のペッピーノが勤めていた本を売るだけでなく文化もけん引していた書店をひいきにしていた、ボンピアーニ社のモランドという男との出会いが大きいです。
彼は出版人ですので、当時日本ブームが巻き起こっていましたが、イタリアで翻訳される日本文学は英語からの重訳で、質もバラバラでした。
そんな時に、日本文学に明るく、イタリア語も流暢に話す須賀敦子を紹介されます。モランドからすれば、須賀敦子の存在はびっくりでした。
こうして、日本文学の翻訳が始まりました。
しかも、この作品で須賀敦子は、翻訳だけでなく、編集と解説も行いました。後ほど解説も紹介しますが、まあ秀逸です。
そして、ジョルジョ・アミトラーノさんというナポリ東洋大学の教授の方の序文がまた驚きが詰まっています。
1975年、アミトラーノさんが18歳の時にナポリの古本屋で、『日本現代文学選』に出会います。出版されてから10年が経過していますが、日本文学は、イタリアでは他の世界文学よりもわずかでした。
この人にとっては、衝撃の出会いでした。『日本現代文学選』に収録されている中島敦の「名人伝」という短編を読み、次第に日本語と日本文学に方向転換し、現在も大学で日本語と日本文学を教えるまでになっています。
中島敦って「山月記」がおなじみで、高校生ながらにあの作品は衝撃でしたが、まさか外国でそんなふうに思う人がいたとは…。
驚きその2は、今でも『日本現代文学選』は大学の講義で使用され、学生たちに様々な感想をもたらしています。
異国でバリバリに生きており、翻訳から60年近く経過していますが、翻訳もその短編の選定も色あせていないというのがなんともすごいです。
まさか、未だ健在の現場があるとは…。
さて、もういい加減メインに行きましょう。
『日本現代文学選』は、25作品収録されていますが、この文庫版は13作品となっています。
文庫でもそこそこ厚みがあるので、恐らく『日本現代文学選』は大きさが小さければ相当厚みが出ている気がします。
収録作品は以下です。
- 森鷗外 高瀬舟
- 樋口一葉 十三夜
- 谷崎潤一郎 刺青
- 横光利一 春は馬車に乗って
- 川端康成 ほくろの手紙
- 坪田譲治 お化けの世界
- 太宰治 ヴィヨンの妻
- 林芙美子 下町
- 三島由紀夫 志賀寺上人の恋
- 深沢七郎 東北の神武たち
- 石川淳 紫苑物語
- 庄野潤三 道
- 中島敦 名人伝
意外と現代人は名作集を読みなれていないので、こういう名作集を読むのにいいのかもしれません。
というか、トーコもわからんので、これを機にまとめて読むのは面白いかも、と思った次第です。しかも、有名な作家の地味にマイナーな作品が選ばれとる…。
作品の前には必ず1ページに満たない分量の解説があります。
この解説の書き方がすごいのですが、あらすじを漏らさず、ネタバレもせず、ストーリーの文脈を説明し、理解を手伝うためのヒントを読者に与えています。このブログの真逆ですね。読む前にばれたら大変と思ったのでしょう。うまく計算されています。
樋口一葉は初めて読みました。イタリア人だけでなく、2020年代に生きる日本人でもかなり読みずらいです。現代語に近い形で書かれていないので。
しかも、戦前の女性は男性に逆らっちゃいけませんの時代の話ですので、今どき女子が読むと今の時代を生きれてよかったわ、とつくづく思います。
谷崎潤一郎の「刺青」はなかなか衝撃的な作品ですが、地味に虜にする魅力があります。不思議です。
川端康成の作品は当時のイタリアでも主要な作品は翻訳されていたので、あえてこの短編を選んだのでしょう。短いながらも川端康成の独特の表現美がぎゅっと詰まっています。
坪田譲治は、この作品で初めて名前を知りました。児童文学者のようです。善太と三平が子供らしさにあふれて非常に生き生きしています。
太宰治の「ヴィヨンの妻」、林芙美子の「下町」に共通するのは描いている時代がほぼ一緒だと個人的には思っています。
しかし、地味に描き方が違う。片方は妻がかなり苦労して、もう片方は妻が夫とは別な男を好きになるも、男が亡くなってしまい、子どもと共に生きようとしている姿が印象的です。
林芙美子の作品を読むのはこれが初めてなので、こういう風に書く人なんだなと思いました。
三島由紀夫の「志賀寺上人の恋」は、短いながらも三島由紀夫の世界観がうまく出ています。僧侶が御息所に恋するって、結構すごいテーマなんですけどね。女性の神格化がうまいなあ、と個人的には思います。
深沢七郎の「東北の神武たち」は、東北の貧しい様子を見事に描いています。
石川淳の「紫苑物語」は、民衆伝説をもとにした作品です。結構有名だったんですね、私は初めて名前を聞きました。
庄野潤三の「道」は、のっけから大丈夫か、という出来事が描かれています。なかなか郊外の単調な暮らしをうまく書いています。記録に残らないものですが。
中島敦の「名人伝」。この作品は、以前紹介したパウロ・コエーリョの『弓を引く人 』を彷彿させます。
この作品が見事に異国の人の人生を変えてしまうのだから、文学の力ってすごい。
この作品の最後に、掲載されていない日本文学の解説を掲載しています。このあらすじを言わずに、なんとなく予感させるような言い方の解説がすごい…。真似できない…。
この作品は、須賀敦子が1人で翻訳する作品を選定し、翻訳、編集、解説をしました。日本文学に結構通じているのは、他の著作で触れていますのでここでは割愛します。
日本文学の選定もなかなか秀逸です。これはかなり文句がないのでは…。出版されてから60年近く経過していますが、なんか納得できます。
さらに言うと、『日本現代文学選』が1965年なので、その3年くらい前に出版された庄野潤三の「道」が収録されているということは、日本から親しい人が底本を送付しているはずです。実際に、家族や友人たちに手紙を送って、本を送付するように頼んでいたそうです。
彼女にとってこの作品は、夫のペッピーノや友人たちが日本文学を待っているだけではなく、日本のかおりを伝える名刺代わりの一冊だったのでしょうね。
■最後に
日本に帰国する前の、身近な人たちのために選定、翻訳、編集、解説した『日本現代文学選』です。
この作品のすごさは、身近な人に日本文学を伝えただけではなく、日本文学の研究を志す者までも生み出し、イタリアの日本文学の世界では今でも読み継がれています。
その片鱗を私たちはこうしてみることができます。なんせ、私たちも知らない作品がありますからね。
■関連記事
以下はこれまでに紹介した須賀敦子作品です。日本文学に精通していることは、『遠い朝の本たち』の随所にみられます。
13.『ヴェネツィアの宿』、132.『主よ一羽の鳩のために』、226.『ユルスナールの靴』、354.『遠い朝の本たち』