こんばんわ、トーコです。
今日は、ジュンパ・ラリヒの「見知らぬ場所」です。
■あらすじ
ルーマが母を亡くしてから、父は旅に出るようになり、絵葉書が送られるようになった。そんな時に、父はルーマの家にやってきて、しばらく滞在することになった。
道を外していく弟の姿を姉の目線で描く作品や、子供時代の出会いから30年に及ぶ長編など、愛について描いた短編集です。
■作品を読んで
ジュンパ・ラリヒは、前に紹介した194.「停電の夜に」という鮮烈なデビュー作がありますので、よかったらどうぞ。
「停電の夜に」から9年が経過してからの満を持しての作品です。「停電の夜に」はすごく視点が自由自在で、描写も新人作家とは思えないものです。(トーコの中では2019年のベスト5に入りました)
個人的にはジュンパ・ラリヒの作品は少しずつですが、すべて読みたいです。なんというか、圧倒されます。
まあ、今のところ7冊しか翻訳されていないので、きっと読み切れそう。
この短編集でトーコが1番印象に残っているのは、連作「ヘーマとカウシク」の中の真ん中の作品です。
大学生になったカウシクは、父の再婚式に出ませんでした。カウシクはその前に母親を病気で亡くしています。
その傷から若干立ち直れない中での父の再婚でした。しかも、相手には2人の娘がいました。家族もいきなり増えるのです。
戸惑うのも無理はありません。そんなカウシクに向かって父はこういいます。
毎晩、からっぽの家に帰ってくるのが、いやになった
父親にしては、実に切実な感情です。まあ、毎日息子も家を出ているので、1人ぼっちで広い家にいるのが耐えられなかったのでしょうね。
ですが、カウシクは恋愛の結果再婚するのと、そばにいる人がほしいだけで知らない女とくっついたのと、どっちがひどい話なんだろうか、という疑問を持ちつつ。どっちにしろひどい話ではありますが。
久しぶりに実家に帰ると、新しいお母さんと新しい妹2人と対面します。
複雑です。大学生でさすがに大人になりかかっている時期で事実は呑み込めますが、いざ目の前にするといたたまれないものもあります。
読んでいるこちらも、カウシクの複雑でひりひりした感情が伝わってきます。
途中で同じく父を亡くした2人の妹と近所に出かけたりもします。きっと、親を亡くしたという共通項で何かが生まれるのではないかと思い、信じながら。
しかし、クリスマスの日にカウシクと2人の妹が留守番の日に悲劇は起こります。なんと、妹2人がクローゼットの中からカウシクの母親の写真を見つけ、くすくす笑いながら見ていたところをカウシクが見たのでした。
なんといっても、カウシク自身も知らない母の写真を、まさか妹2人が見ているとは思わなかったでしょう。
カウシクはブチぎれます。実の母親と新しい母親を比べながら。本当はやってはいけないのに頭ではわかっているけど、抑えることができませんでした。
お前らの母親とは違う、母は美しい人だった、と比較してもどうしようもない話を怒りに任せて幼い2人の妹に言います。母親の写真を本気で見られたくなかったのです。
この心の葛藤が丁寧に、読者を置き去りにすることなく描かれています。本当に臨場感あふれます。
母親の写真をこの家から遠ざけたいと思い、カウシクは夜明けを待たずに車で家を出ます。それから9日は帰ってこなかったようです。お金が尽きたから帰ってきたようです。
カウシクは懐古するように、ヘーマに話しかけます。家に居候になっていたこと、きっとその当時の気分はこうだったのだろうと、語りかけます。
旅の道中、カウシクは母の写真を見ます。しかし、数が多すぎるのと、おそらく何かがこみ上げるものがあるのか、数枚見るだけで見るのをやめてしまいました。
それから、しばらくしてカウシクは大学を卒業します。卒業式は、父、再婚した母と2人の妹もやってきました。
2人の妹は親たちにカウシクの母親の写真のことを伝えてはいないようです。そのためか、初めて会った時よりもよそよそしい雰囲気です。
あの日の出来事が足かせになっているようにも思います。3人の距離はもう永久に距離が埋まることはないでしょうね。
父は決断します。母のために建てた家を売ることにした、とカウシクに告げます。
継母には感謝します。死んだ母の亡霊に悩まされている中で、出ていくように仕向けたのだから、と。
最後は新しい家族にとって最良の選択をします。
愛についてと言いながらも、愛っぽくない話を選んでますね…。
新しい家族がわだかまらずに家族になるのは大変な作業なのだと思います。
カウシクも母が亡くなってから立ち直り切れないときに父が再婚し、父が今までと表情が違くなるのを目の当たりにしながら、新しい家族になじむには味方がいなく、孤軍奮闘しているような気がします。
それでも、「愛」を通した関係をもって生きている。何かにつながっているのだな、と思いました。
■最後に
1つの短編しか話していないのですが、ほかにも愛について感じ、考えさせられる作品が詰まっています。
最初の表題作もなかなかに凄いです。ジュンパ・ラリヒのすごさが改めて感じられる1冊です。