こんばんわ、トーコです。
今日は、川上弘美の「どこから行っても遠い町」です。
■あらすじ
都心から私鉄でも地下鉄でも20分ほどの小さな商店街を舞台にした連作短編集です。
はた目からはどこにでもいる普通の人にも、様々な事情があるようです。
■作品を読んで
何なんでしょう、この言葉にできない感じは。
日常を淡々と描いているように見えて、そんなに飽きもせず読めるのは。
あとがきにも書かれていますが、この作品は思いがけないざらりとした感触が感じられます。
人の人生には、見えないところでの苦しみや悲しみ、見てはいけないもの、表に見えないものでも構成されています。
だから、「どこから行っても遠い」町なのでしょうね。
物語は、魚屋に住む2人のおっさんからスタートします。2人の関係は亡くなった妻の浮気相手と夫です。
種明かしをすれば、その設定はこの短編集を通してどこかでリフレインされています。
当事者から聞いた話だったり、商店街という独特のコミュニティの中の噂話だったり、昔の記憶から思い出したりと、様々な形でリフレインされます。
最後には亡くなった妻が出てくるのですがね。
妻が出てくることで、魚屋さんの2人のおっさんたちの物語が完結します。
まさかの当事者の登場という形をとって。
あとがきの言葉を借りれば、「懐かしい死者によって」完結へと導いています。
物語が完結したことによって、この短編集がとっ散らからないものとなったようです。
すべて読み終わった後にもう1度最初の短編を読みたくなります。
なんか再読をすることで、物語が本当の意味で完結します。
あと、もう1つすごいポイントは読んでいくうちに普通ってなんだっていう気分になります。
あまりにも淡々と描かれている日常が、本当に普通なのかとかいろいろな疑問がよぎります。
変な魔法にかけられて、迷宮に迷い込んだようにうまく動けないような気分になります。
当たり前と思っていた境界線がよくわからなくなってきます。
同時にそれはきっとですが、このごく平凡な人が抱えるちょっとした闇をさらっと描いているのに、逆に違和感を持ちます。
というか、さらっと描きすぎで気持ち悪いです。
ちょっとした闇でもどこかドラマチックに書きそうなのですが、本当にフツーに描いています。
技法的には、これはなかなか難しいです。
なんかの文学賞での作品の傾向で、出来損ないの村上春樹と川上弘美が多い、というコメントを聞いたことがあるのですが、これはそうかもしれません。
川上弘美さんの作品を初めて読みましたが、この人本当にすごいです。
普通が普通でないことをさりげなく描くことができるって、すごすぎます。
■最後に
この作品はストーリーもさることながら、当たり前の普通がなんだかわからなくなってくる魔法が遺憾なく発揮されています。
それでいて、日常のざらっとした感触が静かに伝わってきます。
すごく魔力のある作品です。