こんばんわ、トーコです。
今日は、多和田葉子の『雪の練習生』です。
■あらすじ
サーカスの人気者から平凡な事務職に転じ、自伝を書き始めた「わたし」。
サーカスで女曲芸師との芸で人気を博した娘の「トスカ」。
トスカの息子で動物園の人気者「クヌート」。
ホッキョクグマ3代の物語。
■作品を読んで
なんというか、うまくつかめない話です。決して面白くないというわけではないんですよ。
まず、最初の部分。「わたし」=ホッキョクグマがつかめない。
そういう描写なんですよ。
1人称で展開するから、「わたし」が人間なんじゃないか、という錯覚がしてきます。
本当に主人公がホッキョクグマなのか、しばらく読み進められるまで信じられませんでした。
序盤に「もっちり脂の乗った上半身に、最高級の真っ白な毛皮を羽織った私」と読んで、逆に「???」と思ってしまいました。
ホッキョクグマ?、いやちょっと先を読めば会議に出てるって人間だよな。これは一体…。
そして「わたし」はふとしたきっかけから自伝を書き始め、文芸誌の編集長をしている知り合いのオットセイに見せます。
編集長オットセイって…、どういうことね。個人的にはここで「ああ、やっぱり「わたし」=ホッキョクグマ」だと納得しました。
「わたし」は見事に時代の波に翻弄され続けます。
まず、「わたし」は自伝を書き始めるまでは旧ソ連に住んでいました。
それから、西ドイツへ行き、カナダへ行きます。
カナダでクリスチアンという青年と結婚し、トスカという娘はできます。それから、再び東ドイツへ行きます。
理由がすごい。「この国で労働者をやっていたのではトスカを大学にやることさえできない。アイススケートでもバレエでもトスカに最高の教育を無料で受けられる。」
それに「わたし」も納得するのでした。資本主義よりも社会主義の方がいいという人もいるのでしょうね。考え方は人それぞれだ。
そして、「わたし」の自伝にこう記します。
娘のトスカはバレリーナになって舞台に立ち、チャイコフスキーの「白鳥の湖」、または自分でアレンジした「白熊の湖」を踊り、やがて可愛らしい息子を生む。…その子はクヌートと名付けよう。
すごい予言。なんてったって本当にそうなるのですから。
次の章は、娘のトスカの話。
最初はウルズラというサーカスの女曲芸師とトスカが、サーカスで「死の接吻」という芸で人気を博しました。
ところが、いきなり転換します。この章はウルズラ=わたしで語っていたはずなのに、いつの間にやらトスカ=わたしで語りだします。
これにはたまげます。ええええ…、絶句。そう来たか。
自伝を書いていたのはウルズラではないんです。トスカが書いていました。はあ、びっくり。
最後は、孫のクヌート。クヌートは動物園の人気ものとなります。
が、ここにも仕掛けが。まさかの、実話がベースとなっているのです。
クヌートという名前のホッキョクグマは、ベルリン動物園で人気だったそう。
しかも、母がカナダ生まれで旧東ドイツでサーカスで芸をしていたトスカ、とウィキペディアにどうやらあるらしいです。
一連で読んでいると結構「???」が頭をよぎるのですが、最後に解説を読みながら振り返るとなるほどね、と唸ります。
とにかく、仕掛けの多い本です。
■最後に
ホッキョクグマの3代にわたる物語です。
途中迷子になり地盤が揺らぐ感覚がしますが、書き方だったり、ドイツ周囲の国々を巡る動きなど、様々な仕掛けがあります。
不思議な本です。
[…] 235.『雪の練習生』、241.『百年の散歩』 […]