こんばんわ、トーコです。
今日は、武田砂鉄の『偉い人ほどすぐ逃げる』です。
■あらすじ
いつも同じようなことが起こっている。偉い人が何かの疑惑を持たれていても、弁解も釈明もせず、うまく煙に巻いて逃げている。
いつの間にか私たちは「ああ、またか」と思い、まだ追及してんだと思うようになっています。
なんだかおかしいことなのに、どうもずれてきていることを鋭く描いています。
■作品を読んで
政治家や要人の次から次へと様々な疑惑や失言などが飛び出し続け、それについて弁解も釈明もせず、逃げまくっている姿をここ5年間一体何回見たことでしょう。
こんなものを見せつけられて、「ああ、またか」と思い、追及するものなら「なんで追及してんだ?もう終わったじゃん」ということを一体何回繰り返せば政治家は懲りないんだろうか。
なんというか、2021年の衆議院選挙で嫌でも思い知った感があります。(書いている前日が衆議院選挙の日だったので)
この懲りない政治家を選んでいるのはだあーれ?それは、有権者のあなたたちだよ、という懲りない政治家たちからの高笑いが聞こえてきそうな感がしてなりません。
それに対しておかしいでしょ、などのモノを申したい人がきっと投票に行ったんだろうなとトーコは信じています。
それでも絶対嫌な奴は落とすけど、変わりたくはないんだなという国民性が見えた気がします。トーコはどこかの国に移住を検討した方がいいのかね…。
さて、それは置いといて。本編に参りましょう。
「はじめに」でも書かれていますが、この作品は2016年から連載している時事コラムから選び抜かれ、1冊にまとめたもの。
まとめながらふとこう思ったそうです。
掲載順に並べるのではなく、カテゴリー分けを試みたが、その作業中に、この5年間にわたって自分は一体何を書いてきたのかと考えたら、浮上してきたのは「偉い人ほどすぐ逃げる」だった。
…(中略)本書を読んで、逃げ足の速さをいくつかも思い出して欲しい。
5年間でそんなにもネタがあったのかよと改めて驚き、逃げ足の速さって…と何とも言えない気分になる、そんなオープニングです。
そこからはいろいろと出てきます。偉い人の考えた政策についての説明責任、人間がつぶされそうになったり、五輪は強行したり、言葉が劣化したり、メディアの無責任があったり。
よくもまあ、この作品が無事に出版されましたこと。しかも、これ文藝春秋からなんですよね…。
感心でしかないです。というか、この人の作品が発表されなくなったり、出版されなくなる方がヤバいのか。
まあ、うまく言葉を引用しながらつないでみますよ。
何も政治的な決断をしていないのに一〇ポイント近く支持率が上がった経験を、これからのオリンピック、大阪万博、リニア新幹線開通などに活かそうとするはず。騒いで、興奮させて、何かを紐づけして、自由に動かしていく。テンションの上げ下げを握られている感じが心地悪い。あまりに「令和」に騒ぎ過ぎた結果、いくつものことを見逃してしまった。
「「令和」の騒ぎ方」より
お次はこれ。
赤木さんは「僕の契約相手は国民です」を口癖にしていた。契約相手が国民ではなく、身内と専属契約して戯れる政治家・官僚が幅をきかせている。踏み潰して、忘れさせる。この非道なルーティーンに対して、覚えています、調べ直せ、と繰り返す必要がある。
「偉い人を守ると偉くなれるよ」より
名失策アベノマスクについて。
あのマスクには、政府の姿勢が濃縮されている。「お国」の動きがずっと鈍いのに、それでもその中で対応し続けてきた。…略
大失策「アベノマスク」はこの歴史を記憶する装置だ。だから、ずっと到着を待っている。あげるよ、なんて人もいるが、そうではない。「お国」からの到着を待っている。
「まだ布マスクが来ない」より
どれもコラムの最後の部分を抜粋していますが、この3つだけ見てもこの5年間の状態が濃縮されているような気がします。
というか、繰り返されています。歴史は繰り返すなんて言いますが、それよりももっと速い、というかこっちを舐めてかかっているのではという勢いで繰り返されています。ここまで来ると眼福ものです。
前の会社の上司がよく言ってたっけ。「学習能力はある?」と。1億総「学習能力あるのかーい?」と舐められている状況。悔しいわ。
なんというか、お祭り騒ぎにまくし立てられているうちに、本当に追いかけないといけないものを見失ったり。
政治スキャンダルで真面目に働いていた1人の人間が死んでいるというのに、お咎めなしでのうのうと生きていたり。
2020年4月コロナ渦が始まって政府がやったことはたった1回の10万円と布マスク2枚の配布なのですから。しかも、著者曰く、昨日の選挙特番でも言ってましたけど、アベノマスクは今だ届いていないそうです。
届いていないのに、会計検査院から配布状況と保管費用だけで約120億円どぶに捨てている状況を指摘されています。
そういえばトーコの業界も国庫補助を使った工事や設計って会計検査院の検査にあたることもあるんですよね。業界通称「会検」と呼んでますが。
ある業務が会検に当たったら設計根拠をすべて説明しないといけないので、業務が終わってから何年か経って突然呼ばれて、倉庫から資料をひっくり返さないといけないので、ひやひやもんです。
厚生労働省の人もアベノマスクが会検対象にあたる可能性が高いって分かってても、政治家を止めることは出来なかったのでしょうね。会計検査院がだまっちゃいませんぜ、と。おー、かわいそう、厚労省の役人も。
これはあくまでも最初の第1章をかいつまんだだけです。しかしまあ、5年間よくも同じようなことを辛抱強く言い続けましたよ、砂鉄さん。
読み手はそういえばそんなことあったよね、あー思い出した、ってまだ解決してないんかい、と突っ込んでます。忘れないように肝に銘じないと。
最後にこんな著者の言葉を切り取ってみます。
人間の痛みを知らない人、知ろうとしない人、どこかで痛む人が生じるかもしれないと想像できない人は、公の場で文章を書くべきではない。…中略
「社会的には壊滅的な表現」に対して、多くの批判が向かうのは当然のことである。個人の指向を、嗜好を、そして誰かの死でさえも、社会問題と安直に結びつけるなと言う。私はそうやって安直に社会と個人を分離させる個人を許したくない。なぜなら、個人が社会をつくるからである。
「「きちんとした文章」で」より
本当にその通りな気がします。社会の構成員って私たち1人1人のはずです。文章を書く場合だけではないですよ、これ。
とはいえ、人の痛みを知ろうとしない人はかなりヤバい気がしますけどね。まあ、なんとなくですがそんな人に上に立ってほしくはないんですが。
でも、日本って今こんな状況なんですよね…。困った困った。
■最後に
この5年間の時事ネタコラムをカテゴリー別にまとめたものです。
この5年間、偉い人ほどすぐ逃げるという状況を繰り返し見続け、追及しては「まだやってんの?」と言わんばかりの状況が展開されてきました。
この状況だけは覚えておき、事あるごとに聞いてみよう、と思うのでした。
[…] 324.「偉い人ほどすぐ逃げる」著:武田砂鉄 […]
[…] 324.『偉い人ほどすぐ逃げる』著:武田砂鉄 ←政治家の起こす問題について検証すらしないという今の姿を記録した作品。 […]