こんばんわ、トーコです。
今日は、山田宗樹の『存在しない時間の中で』です。
■あらすじ
多くの研究者が集まり、宇宙に関する研究で日本を代表する研究機関である天文数物研究機構(AMPRO)にある日、1人の青年が現れる。
青年は若手研究者が主宰するセミナーで、ホワイトボード23枚に見たこともないような数式を書いて立ち去ります。
そこから大きなうねりとなり、「神の存在」にアクセスしようと試みる。
■作品を読んで
これを読んで驚きました。なんか圧倒されました。物語がどう閉じるのだろうか、若干気になりましたけど、終盤で結構ひっくり返されます。
以上がトーコの1番簡単にまとめた感想になります。それじゃ話にならないので、ちょっとここから解説していきます。
まず、物語はAMPROの若手研究者が主宰するカピッツァ・クラブというセミナーから始まります。
ちなみに、グループ名のカピッツァは人名で、ロシア出身のノーベル物理学賞受賞した研究者の名前になっています。
そこに1人の青年が教室内に乱入します。彼は無言で勝手にホワイトボードに数式を書き始めます。その数23枚。23枚もホワイトボードがあることの方が逆にびっくりなのですが。
そこには、人類の宇宙観を根底からひっくり返すレベルの理論が書かれていました。この青年が書いた理論が正しければ、ですが。
この理論の証明はカピッツァ・クラブだけではなく、公式に論文としてアーカイブとして掲載されることになります。
論文を投稿した後、かなりの量のステートメントがやってきます。その中にはクラウス博士というかなり著名人も含まれていました。
クラウス博士からは、クラウス実験を提案されます。協定時間7月1日16時に全世界の人が同時に、空を向いて両手をいっぱいに広げて、30秒間保つということです。
何が起きたかと言えば、全世界の空が真っ白に変わり、約4秒続きました。
ここで、もう1つの伏線に行きます。莉央は猫を飼っていたのですが、ある日猫が失踪し、途方に暮れていました。
そんな中で迎えた7月1日ですが、その時に飼い猫が戻ってきてほしいと願います。すると、猫が戻ってきたのです。
それから、莉央のもとにセンキア会という宗教団体から連絡が来ます。おそらく、次の701(7月1日)で、莉央は「神の代理人」として指名されるだろう、と。まあ、莉央からすれば普通に考えたら、わけがわかりませんが。
クラウス実験以降、神の存在がある意味証明された状態になり、神とどう向き合うかが課題になっていました。ある意味宗教が終わってしまったのです。
神の存在が証明された世界というのもある意味怖いですね。前提条件がいろいろ変わるのですからね。
クラウス実験のあった701から1年後、再び事件が起こります。
莉央の口からうわごとのように、こういいます。残り時間はあと10年で、宇宙が閉じられる、と。
カピッツァ・クラブのメンバーの神谷春海がうわごとのように、こういいます。残り時間はあと10年で、宇宙が閉じられる、ということを。
その場にいたのは、カピッツァ・クラブのメンバーの春日井健吾、平城アキラの2人だけでした。
2人は「神の代理人」光の人として指名されたのでした。同時にあと10年で世界が終わることを神から告げられたのです。
これについて、平城アキラはこう思います。
人間は自我を持つ生命体であるという、自明で疑うことすら思いつかないような命題が、神の名において否定された。この意味するところを考えるだけで、身体が粉々に霧散しそうな恐怖に襲われる。拠って立つ大地が消え、いきなり底なしの虚空に放り出されたようなものだからだ。
生殺与奪を自由にできる者の存在がある世界もいやなものです。それは、人によっては、絶え間ない緊張と、得体の知れない不安をもたらします。
あんまり、想像したくないですが。でも、これは神様というよりかは、独裁者のいる世界だとこれに近いことが起こるのでしょうか…。
その一方で、<光の人>になって戸惑う莉央のもとに、神谷が現れます。2人とも<光の人>となり、戸惑っています。
しかし、神谷と話しているうちに、莉央はあることに気がつきます。
<光の人>であることに、それ以上の意味はない。秘密のメッセージを託されているわけでも、特別な使命を帯びているわけでもない。だからこそ、一人一人が思い思いに、自由に行動できる。そういうことになりませんか。
莉央は<光の人>であることから、本当は逃げたかったのです。けど、神谷との対話から実は何も代償を払わなくてもいいことに気がつきます。特別なことはもうこれ以上ないのだから。
2回目の701から10年後、人々の反応は分かれています。2度目の701が明確に起こったという物証がないため、多くの人にはリアリティがないのですが、世界が終わるという予告を聞いている人からすれば、恐怖の出来事です。
ここで、どんでん返しが発生します。なんと、この11年間の世界がリセットされるのです。(安定のネタバレになります。)
第4部に入ると、読み手のこっちも一瞬何が起こっているのか分からなくなります。この10年後世界が終わるはずが、わずかな人間の中に記憶を残して、なかったことになっていたのでした。
記憶を残していたのは、平城アキラと莉央でした。平城アキラは莉央と会った日にこういいます。
…。人類という存在に興味を抱き、その成長に期待している。そうしてときどき、701のようなことをして、成長ぶりを試している。時間をもどして701をなかったことにするのは、<神>の実在を知ることが人類の成長の妨げになるからだと考えられます。
<神>の存在を知り、結局人類の成長につながることはないのです。ある意味では、神の存在に対しての著者なりのアンサーなのでしょうね。
人類が<神>の満足する答えにたどり着くまで、延々とループになっているのかもしれませんね。
■最後に
神の存在に挑んでいるような作品です。また、これらの証明に数学や物理学が用いられているので、なかなか本格的です。
神様はどこかにいるのでしょうね。