こんばんわ、トーコです。
今回は、金原瑞人、三辺律子の『BOOK MARK』です。
■あらすじ
この作品は、『もっと海外文学を!』『翻訳物はおもしろいんだ』と主張するフリーペーパー『BOOK MARK』の12回分の連載をまとめたものです。
海外文学を紹介する瓦版でも作るか、というよもやま話からスタートしたとんでもない代物をまとめています。
■作品を読んで
この冊子のすごいところはいくつもありますので、ざっと箇条書きにしてみます。
- フリーペーパーだということ。
- 翻訳本の紹介がまさかの翻訳者自身がやっていること。しかも報酬がない。
- エッセイもびっくりするほどの作家にお願いしていること。
- こんなもの絶対に手に入らないので、フリーペーパーがPDFでダウンロードできること。
すごいフリーペーパーがあったもんだとびっくりします。何が凄いって、読書にはやりすたりもないので、何年たっても紹介文がすっと入ることでしょうか。
しかも翻訳者自身が翻訳本を紹介しているので、なんというか熱のこもり方が凄いです。翻訳者が是非とも翻訳したいと選んで翻訳している本が大半なので、熱量が違う。半端ないです。
エッセイもこの後じっくり語りますが、江國香織、松岡祐子、東山彰良、町田康、村上春樹など錚々たるメンバーです。
こんなフリーペーパーが書店に20~30部程度しか置かれていなかったら、間違いなく場所によっては争奪戦です。1週間以内で配り切る書店があるでしょうね,。というかかなり本当の話です。なので、幻のフリーペーパーと言われている所以です。
冊子がほしい方はTwitterをフォローしてください。情報が流れているらしいですよ。
とはいえ、冊子じゃなくてもいい方はデータをダウンロードすることをお勧めします。2021年11月現在17号までダウンロードできそうです。
生の冊子の感じが伝わってきます。本当はCDケースと同じサイズなので。とはいえ、そろそろCDになじみのない世代が出てきてるから分らんか…。
しかも、「海外文学をもっと広めようぜ」と割と軽いノリで始まった冊子が、海外文学フェアを実施する書店(他もありますけど)や図書館に置かれ、フリーペーパーの発行部数は7000部なのだとか。恐ろしか。
そんなことがあとがきに書かれています。すごく編者と紹介文を書く書き手の熱意が恐ろしく籠っている冊子です。こんな翻訳本紹介ないんじゃないかな。これただでいいんですか、というレベルの冊子です。
さて肝心の中身です。
まず、記念すべき第1号の巻頭エッセイは、江國香織です。ちょうど当時、翻訳本『パールストリートのクレイジー女たち』という作品を出版したばかりだったので、あとがきではないがそれに近いエッセイが寄せられました。
どうしても訳したいと編集者に直訴し、版権をとってもらうくらいの熱狂がこの作品にあったそう。それくらい小説の持つ空気感が気に入り、訳したいと強く思ったのだとか。
本人曰く、文字通り寝食を忘れる勢いで仕事をしたそうです。どれくらいかというと、江國さんはお風呂が大好きな人なのですが、その風呂を忘れるくらい夢中でやったのだとか。
並みのエネルギーでやった仕事ではないようです。なんかそれって、幸福だろうな。読んでみたくなります。
第2号は飛ばして第3号です。この号ではファンタジー特集でした。
ここでのエッセイは、松岡佑子。この人は、ハリーポッターシリーズを訳した方でおなじみの方です。ここでは秘話を語っています。
作者のJ・K・ローリングも生活保護を受けるシングルマザーで「ハリー・ポッター」シリーズベストセラーになりましたが、松岡さん率いる静山社という超弱小出版社で無名の翻訳家がベストセラーをたたき出すという事件もいいところのことが連続していました。
この人も江國さんと似たような理由で翻訳したいと版権交渉に臨んでいます。「ハリー・ポッターと賢者の石」を読んだ後、身体中に衝撃が走り、どうしても自分で訳したいと思い、次の日には版権交渉をしていたのだとか。
おそらくいいことばかりでもなかったと思いますが、10年間「ハリーポッター」シリーズを訳することができ、全力疾走しつつも楽しかったと述べています。感情移入できる物語に出会えた幸福をかみしめています。
第11号では村上春樹が巻頭エッセイに登場します。
さらに言えば、村上春樹も同じようなことを言います。村上春樹も本業は小説家なので、翻訳作業はいわば趣味のようなもの。
なので、自分が楽しんでやれる翻訳でなければ意味がないので、「楽しめるテキスト」を見つけてくることは重要なのだそうです。
これは、折に触れて金原瑞人本人も言ってますが、いい作品がいつも誕生していますので、それをこつこつ探すのが翻訳家の役目だったり楽しみだったりするのだとか。
この回では、ジャズにからめてエッセイをまとめています。詳しくは作品をお読みください。
エッセイにも負けず劣らずの紹介文もなかなかに秀逸です。というか、翻訳者自身が書いているのですから、エッセイを書いている3人のように本へのエネルギーは並みのモノではないです。とはいえ、中には結構面白い理由で翻訳しているという紹介文もあります。
例えば、柴田元幸が訳したサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』。これは本当に9つの物語が収録されています。
その中でも、『バナナフィッシュ日和』が好きで訳したいと版権交渉に臨んだら、訳すなら9つすべて訳せ、ということで9つとも訳したそうです。
でも、訳している作業は本当に面白かったそうです。登場人物たちの声を聴いているような感じだったのだとか。江國さんと同じような理由。
翻訳って、まず翻訳者自身が楽しめて、熱狂し、その情熱をもとに版権交渉に臨んで版権を勝ち取ります。
それから、翻訳者が読者に伝えたいニュアンスや空気感を言葉を選びながら原稿をまとめ、われわれの手元に届いている。
その過程の一端も見ることができます。あまり紹介しきれていないのですが、翻訳者による翻訳本の紹介は秀逸です。
トーコも何冊か読みたい本をピックアップしたくなります。
■最後に
何の気なしに始まった翻訳本紹介のフリーペーパーから1冊の本が誕生しました。
翻訳本に興味がある方もない方も新しい発見とともに読めてしまう不思議な作品です。間違いなく1冊は読みたい本に出会えます。