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小説 文庫本

【私とは】365.『土の中の子供』著:中村文則

投稿日:4月 1, 2022 更新日:

こんばんわ、トーコです。

今日は、中村文則の『土の中の子供』です。

 

■あらすじ

27歳の私はタクシードライバーとして生きているが、幼い頃に親に捨てられ、孤児として虐待されてきました。これが表題作のあらすじです。

もう1つは、デビュー作の「蜘蛛の声」が収録されています。

 

■作品を読んで

まずは、これまで紹介した中村文則作品です。

174.『惑いの森』220.『私の消滅』244.『逃亡者』341.『カード師』

結構増えてきましたね。こうしてみると、トーコの読書傾向が分かりやすいです。

この作品は、著者にとっては芥川賞を受賞した作品でもあります。とはいえ、初期の作品なのでなかなかヘビー級の重さがあります。

「土の中の子供」の冒頭は、まさかの主人公がリンチされるところから始まります。すごく酷いです。描写がリアルなので、余計にです。

家に戻れば白湯子という女が待っており、セックスをするも彼女は過去の出来事からなにも感じない人になっていました。すごい設定…。

ちなみに、この白湯子という女も家庭環境がとてもいい状態で育った人ではありません。なんなんでしょう、この因果。

タクシーに久しぶりに乗り、お客さんを乗せてもなんだか心あらずな感じに描いています。

というのも、育った施設から両親が生きていることを知ったからです。

今となっては、もうどうでもよかった。今の私は働いている限り、生きていくことができる。不幸ではないし、不利な立場でもない。あの家でのことを考えるなら、二十七まで生きたというだけでも、大したことではないかとも思う。…略。

ただ問題なのは、私の中の意欲のようなものが、だんだんとなくなっていることだった。この日々をただ持続させていくことにおいてさえも、同じように言えた。死にたいなどと、思ってはいなかった。だが、自分が何かに惹かれているような気がした。希望と表現することが明らかに間違っているような、なにかの望みが私の中にあるように思う。それは姿が見えず、正体がわからない。ただ、私の生活を歪めようとしていることだけしかわからない。

なんか、登場人物の凄惨な事実を聞かされた後か、冒頭部の中で1番ここが明るく、希望持てる気がするんですよね。一体何が起こるのか、悪いことではない希望。

とはいえ、私が暴力を受け、内面についても内省をやめないので、外面と内面ともにいろいろと自分自身をえぐり、傷つけています。

ある時に、男はかなりの奇行をします。最上階についたときに、開けていない缶を落とします。

缶を落としてからの反応がなかなかのスローモーションで描かれています。

最上階から缶を落とすという、結構常軌を逸している行動から、男自身の不安と恐怖の向こう側のものを見ようとします。

内面と身体の感覚の両方を描いているので、一体男が何を感じているかを読み手も感じられ、リアル感が増します。

観察しているうちに、全身の力が抜け、身体の震えと自分のしようとしたことにの衝撃で、押しつぶされそうになります。

正気に返った時に見た、ついさっき落とした缶にもう1人の自分を見ます。無残にひしゃげ、辺りを汚している缶が、何を暗示しているのでしょうか。

それから、幼い頃遠い親戚にいたころを思い出します。それは、凄惨な虐待を受けてた日々のことでした。描写が生々しく、読んでいて辛いですが。思い出した時に、こう思います。

自分が人間になる以前の人間へと、人間として完成する前の未完成な、しかし存在の根源であるような固まりに、なったような気がした。

なにかが変わりそうな予感はさせています。男は過去と決別することができるのでしょうかね。

同時に、寝ているときに男がうなされていたので、心配した白湯子が肩をゆすっていました。

それから白湯子と抱きますが、ひどく自分が馬鹿らしく感じます。自分が何の役にも立たず、虫のように死んでいく自分に。

ここで、自分の奇行について、いろいろと総括します。

自分は死を求めているのだろうか。一連の奇行は、全てそれに惹かれた結果なのだろうか。違う、と私は思った。

死の近くにいるかと思いきや、踏切の音のリズムを聴いているうちに、認識が変わっていきます。

恐ろしいと思っている自分から抜け出そうとしている自分を発見し、それが今の自分だということに気がつきます。

何か変わっていくという予感が少しずつ当たっていきます。って、この要素がなかったら、この話かなり報われないか。

それから、白湯子が入院します。入院した白湯子は別れようといいますが、男はそうしませんでした。

そんな時に、男はなぜか土の中に入ります。こう思います。

力のないものに対し、圧倒的な力を行使しようとする、全ての存在に対して、私は叫んでいた。私は、生きるのだ。お前らの思い通りに、なってたまるか。言うことを聞くつもりはない。私は自由に、自分に降りかかる全ての障害を、自分の手で叩き潰してやるのだ。

ここで初めて、自分の意志で何かしたい、できるということが明確になりました。やっとかい、と言いたくはなりますが。

ある稼ぎのいい日に、お客として乗り込んだ外国人の男に襲われ、けがをし、白湯子が入院している病院に一緒に入院します。

ここで白湯子にも変化が見られます。2人とも入院しているのに、かなり頑張って男の世話をします。

男は育った施設の人間に会い、父親に会わないかと言われます。この段階で、男はかなり吹っ切れていたのか、こう返します。

「僕は、土の中から生まれたんですよ」

「え?」

「だから親はいません。今の僕には、もう、関係ないんです」

本当にいろいろと吹っ切れたようです。以上、長い長い男の前進する物語でした。

この内面の闘いを描き切ったことが、芥川賞の決め手だったのでしょうね。なかなか読む側としては、内面をえぐられるようでしんどい部分もあるんですけどね。

とはいえ、男や作者のように、小説に救われたという部分がなんとなくですが、本好きを救っている気がするんです。

それがこの作品を少し読むのを楽になっている気がするのですが。

 

■最後に

過去にトラウマのある男の、過去の呪いを解き放つ物語です。

その過程で描かれる男の内省で心をえぐられますが。次に向かって歩いていきます。

 

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