こんばんわ、トーコです。
今日は、池澤夏樹、池澤春菜の『ぜんぶ本の話』です。
■あらすじ
文学者の池澤夏樹と声優の娘の池澤春菜が、幼き頃からの読書遍歴を対談した作品です。
そして、池澤夏樹の父と母にも言及しています。
■作品を読んで
ここまで熱く語られると、読んでいるこっちまで幸せになってきます。本好きでよかった、と心の底から思います。なんかいい本。
この対談は、年300冊は読んでいるという池澤春菜さんと、その結構強い読書家がいう最強の本読み仲間の父との間で繰り広げられます。
まずは、児童書からスタートします。この2人、児童書も割りと翻訳ものを多く読んでいたようです。実はトーコも翻訳ものを読んでいました。
ただ、岩波少年文庫はトーコの学校になく、市の図書館で借りた記憶があります。物心ついてからは勝手に図書館に行ってました。
なんか、翻訳ものっていうのがよくわかります。日本の児童書と言われてもピンとこず、小学校高学年になると文庫本を読みだしていたトーコなので。
確かに、日本の児童書だと小学校高学年くらいになると結構読むのが簡単であっという間に読めます。申し訳ないですが、物足りなくなります。
それを見事に補うのが翻訳ものでした。といいつつも、「ガンバの冒険」シリーズは読みましたが。
池澤家では、世界文学集や岩波文庫は、父の場合は実父福永武彦が、娘の場合は大叔母が送ってきたそうです。
本好きの周りは本好きがいるようです。まあ、福永の場合は若干違うような気がします。慰謝料入ってるのではないでしょうか。
本を読むコツは、わからない言葉があっても読み飛ばし、ざっくりとした内容を把握した後で、まとめて辞書でわからない言葉を引くのだとか。
さらに言うと、「子どもに本を読ませたい」という親御さんへのアドバイスもなるほどと思わせます。
「読んでもつまらないならやめてもいいし、無理に1冊読まなくてもいい」が答えです。まあ、親御さんも家に本棚があって、楽しそうに日常的に読んでいる姿を見せれば読むような気がしますが。
少なくとも、学校にうまく居場所が見つからなかった経験があってもまっとうな大人になっている人って、大体において読書で救われている人が多い気がします。
トーコも勉強に行く以外で楽しみを見出せないときが高学年になると毎年発生し、6年生の時はついにギブアップしました。
行きたくなさ過ぎて卒業式までの5日間を休んだ記憶があります。その時はひたすら新聞を読んでいました。他にも読めそうな本は読んでいたと思います。
池澤親子も学校に溶け込めない子どもだったようで、本を読むのが1番楽しいという子どもだったようです。
なので、本を読むのが楽しい子どもが周りにいても家族は静かに見守ってほしいと。まあ、トーコ家もそんな感じだった気がする。
それにしても、池澤家は本が届くので、春菜さんの場合は積んでいる山から本をぬいて読み、面白くなかったらまた山からぬいて読むということを繰り返していたようです。ってすげー贅沢だし、これは特殊環境。
あと、本作品を読み進めるとSFについて語る場面が出てきます。トーコはSFをほとんど読まないので、ちょっと参考になりました。
2人のSFとの出会いは、父の場合は中学校の先生。先生がこれ面白いぞと回してくれたのが、創刊間もない「SFマガジン」。そこからどんどんSFの世界にのめりこんだようです。
娘の方は父の書庫。そこから古典と言われる作品から、新しい作品まで幅広く読んだようです。おそらく、人並み以上の教養はあると思います。
それにしても、池澤夏樹の書庫って本屋さんで特集が組まれてもおかしくないレベルの書庫でしょうな…。
そして、SFへの造詣が深いです。カート・ヴォネガットって、SFの人なんだということを初めて知りました…。
SFを読みたいけど何読めばいいのかわからない人は、この作品を読んでからでもいいと思います。
ただ、面白い意見だなあ、思ったのが、
かつて定番だったディストピアももう描けない。なぜなら現実がすでにディストピアだから。「もしかしたらこうなるかも」というゾクゾクを楽しむのは、自分が幸せな場所にいられるからでしょう。
SFの世界の出来事かと思われていた話が、現実になっている。感染症パンデミックだって予見していた作品があったのですから。
明るい方向に行かず、ディストピアな世界でこれから先一体どんなSFが読めるのだろうか。
だからこそ、SF愛好者の2人はSFを表現の手段として作品を発表する作家に注目しています。宮内悠介や円城塔に注目しています。
個人的には、円城塔がSF作家という意識が全くないのですがね…。
あと春菜さんの方が日本のSFを読んでいないという話をしていて、小松左京以降がすっぽりと抜けていると話しますが、すかさず父が「『日本沈没』とかだと社会性が強すぎるから君の好みに合わないかもね」的な意見を述べます。
おお、よく見ている父やなあ。それから科学的に間違っているので、成立しないトリックの話に言及します。
ぼかしているけど、日本のベストセラー作家さんでもあったようです。それを読んだとき春菜さんは学校の物理の先生に確認したようです。
この2人評論家になった方がいい気がするのですが。「ここを克服しないと、この人先に進めない」っている感想ってもはや編集者か、っていうレベル…。
それが必要な作家って結構多いので、特に春菜さんには書評とかを書いてほしいなあ、なんぞ思います。
SFの次はミステリーです。特にもったいないというのは、畠中恵の「しゃばけシリーズ」から宮部みゆきの江戸モノシリーズに飛ばないことです。
畠中作品はひとつだけ紹介していますので、良かったらどうぞ。111.「ちんぷんかん」
なるほどね、と思いました。おそらくですが、宮部みゆきが江戸モノ書いているという認識が薄いのではないかと思います。ここ最近はむしろ江戸モノが多いのにね。と言いつつも、トーコもまだ読んでいません。
『火車』はトーコも読みました。中学生か高校生の時に読みました。当時900円の文庫を買ったので、「高!」って思った思い出があります。
ちなみに、現在は1100円です。さっきAmazonで確認しました。これは買わないわ…。
4ケタ越えの文庫本はお財布に優しくないですし、流通している作品ならきっと安く買ったり図書館で借りたりする人が増えるので、ますます値が上がるのでしょうね。
そして、『火車』に圧倒された記憶があります。どうやら池澤夏樹さんも同じようなテーマを扱う小説なら『火車』が1番といいます。
最後は家族の話になります。池澤夏樹さんの場合は幸いにも父の福永武彦と姓が違うので、なかなか親子だと気がつかなかったというラッキーな部分があったようです。トーコもこの作品を読むまで作家の子どもだったということは知りませんでした。
作家の子どもだから小説が書けるわけではないし、それでつぶれた人も何人も見てきたのだそう。幸いこの人は書いていますが。
一方の春菜さんもかなり冷静です。親の七光りは長くはもたない。とはいえ、声優以外の引き出しがあるからうまく組合せながら仕事もできるのだと思う。
これも知らなかったのですが、春菜さんは別名義で脚本を書いているそうです。
名前でいろいろな色眼鏡で見られてきた人にとっては、別人格がいるというのは便利なようです。
■最後に
本の話、家族の話、様々な話が読めます。
本が好きな人のこれほどまでに熱い対談に出会えてよかったな、と思わせる作品です。
[…] あとがき(なんと池澤夏樹でした。以前紹介した292.「ぜんぶ本の話」の人です)にも示されています。こんなふうに。 […]
[…] これを選んだきっかけが、まさかの292.「ぜんぶ本の話」。この本の著者の池澤夏樹の父親が、福永武彦ということを「ぜんぶ本の話」で触れられています。 […]