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【意外な姿】393.『負けるのは美しく』著:児玉清

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こんばんわ、トーコです。

今日は、児玉清の『負けるのは美しく』です。

■あらすじ

あなたは児玉清という俳優を知っていますか。世代によっては、俳優というよりはクイズ番組の司会者としてもおなじみかもしれません。

俳優になったきっかけ、新人の頃、結婚、娘との死別…。俳優とは思えないくらい静かで、読み手の心にそっと寄り添います。

 

■作品を読んで

この本を手に取った時に思ったのは、実は著者が亡くなってからすでに10年経過していたことです。

そこかい、と思う方もいらっしゃるでしょうが、トーコ個人的にはそんなに前に亡くなってたんだっけ…、と思うくらいつい最近亡くなっていた気がしました。

トーコのなかでは、「アタック25」というクイズ番組の司会者での姿で、すごーく穏やかでダンディなおじさんというイメージでしたが、若い頃の姿が意外過ぎてびっくりしました。一周回るとそうなるのかな、と希望が持てます。

それでは、作品に行きましょう。

のっけのエッセイのタイトルが「母とパンツ」。なんだそりゃ、と思いながら読みはじめます。

しかも始まりが、人間の神秘についてこれまで得た知見をもとに話している文章なので、えっとタイトルはなんだっけ…となります。どこから接点が出てくるのやら。2ページ近く人間の神秘の話が続きます。

と気がつくと、著者が間もなく古希(=つまり70歳)を迎え、俳優になってから44年経過していたことに気がつきます。俳優になった原因が「母とパンツ」なのだそう。

学者になりたくて大学院に行くのが決定し、大学の卒業式に出ていた時に、式の半ばで「お母さんの危篤だからすぐに病院に行きなさい」と言われ、母の死に立ち会います。

亡くなってから判明するのですが、家の財政状態が悪く、大学院進学どころではないことが判明し、就職することに切り替えます。

とはいえ、4月の入社式を終えた企業側としては、募集はありません。当然ですが、就職に難航します。

そんなある日、東宝映画のニューフェイス試験の第一次書類審査の合格通知が届きます。学生演劇に夢中だった著者でしたが、俳優になる気はさらさらありませんでした。

二次試験に行くか行かないか迷っていた時に、二次試験の日の前日、母親が夢に出てきて、「試験に行きなさい」と言います。

1時間足らずで行けると思い立ち、そこから急いでバスに乗ります。偶然にもそのバスは東宝撮影所裏行。降りるバス停は、その1つ手前でした。

しかし、到着した時は面接指定時刻の30分オーバーでした。

受付にいた片方の人からは「帰りなさい」と言われますが、著者は「これで義理は住んだ」と思っていたらしいです。が、もう1人の若い方からは「折角来たんだから、中に入りなよ。1人増えたってどうってことないでしょ」、と。これが鶴の一声ってやつです。

で、入ったらびっくり。水着持参と書かれていたのを見落として忘れてきたのでした。またしても、先ほどの若い方がこういいます。

「時間に遅れてくるわ、水着も持ってこないなんて言語満天星である」と。そこで僕はまたもや、やれ嬉しやとばかりにあっさりきびすを返したのだが、またまた若手の人が助け舟を(?)を出した。「君、パンツはいてるんだろ」「そりゃはいてますよ」と僕。「だったらパンツで出ちゃえよ」と彼。ついに大きな歯車が回りはじめた。

で、6人目で1人多い中で、水着を忘れたためパンツ一丁、番号は全然違う。目立って目立って仕方のない状況の中、審査委員長が直立不動の姿勢は出来ないのとツッこみます。で、ここで、こういったようです。

生れつき僕の脚は少々O脚つまり世にいうガニ股なのだ。「そりゃ、つけようと無理すればつきますけどね」と言いながら、懸命に両膝をつけて直立不動の姿勢を取って、僕は大きな声で「O脚とは忘れ去ることなり」とすかさず切り返した。なにせこちらは冷やかしさ、と思ってるからリラックスそのもの。当時、一世を風靡した菊田一夫作『君の名は』の有名な冒頭の語り「忘却とは忘れ去ることなり…」をとっさにもじったのだ。とたんに審査員席から爆笑が起こった。

受付の若い人は、先見の明がずいぶんある方なんですね、と言いたくなるくらいなんの偶然エピソードですか、とツッコミます。

これによって、第二次面接に通過し、無事に第13期東宝ニューフェイスに合格し、俳優としての道を歩みます。ちなみに、この時が最後の入社試験で、これから先はスカウトのような形に採用は移行します。

2つの引用を読む限り、児玉清の若い頃はなかなか気骨のある、というかありすぎる物言いいと、一切物怖じのしない態度だったというのが本当に意外です。

さらに、デビュー戦で黒澤明を怒らせ、見事な復讐も受けます。まあ、評価はしていたようですが。

一方で当時の大スターの三船敏郎のオープンカーに乗せられてロケ現場に送られるというエピソードもあります。

俳優としてのスタートは大部屋俳優でしたが、とんでもない縦社会に閉口し、着替えの時以外はなるべく撮影所内の屋外にいることにし、仕事が終わればさっさと撮影所を出ることにしたのが災いしてか(家には面白本が山のように待っているとも)、難関のボーイ役を切り抜けていったのでした。

なぜかということは、この作品を読み進めるとわかります。本人なりにこう分析していました。

母の突然の死によって偶然に俳優の道へと踏みこんでしまった僕の人生。今日までの沢山の紆余曲折があり、その幾つかをこのコラムで書かせていただいたのだが、その都度、僕の様々なる葛藤をすべて吸収し、癒し且つ活力をもたらしたのは、実は本だった。つまりは本の存在であり、読書の無限の楽しみと至福の喜びであった。

…(中略)。

面白本に熱中すれば、たちどころに、浮世の嘆きや、うさや悩みを吹き飛ばしてくれるのだから、こんなに有難いものはない。しかも最高に嬉しいのは、世界には沢山の小説家がいて、目茶面白小説を一杯生み出していることだ。つまり、世に、僕の憂いを払う玉帚は、浜の真砂と何とか、では喩えはよくないが、尽きることはないのだ。

職業は全く違うのですが、この本に対する思いはすごく同意できます。別の世界に連れていってくれるのは、本当に有難い。

で、この章はテレビドラマの仕事も少しずつ減っている中で、人生の岐路に立ったときにまさかの原書で本を楽しむということを覚えたエピソードが飛び出します。そう来たか…。

著者はものすごい読書家でも知られています。林真理子曰く空港で見かけたときに、手荷物は洋書1冊だったとか。素敵だ…。

最後は、36歳の若さで亡くなった娘さんとの思い出をつづっています。この娘さんが20年くらい著者のマネージャーとして動いていました。

亡くなるまでの数々の思い出や病気と闘う姿など、親としての目線で綴っています。なんだか、読んでいるこっちまで哀しみに包まれます。

俳優として、司会者としての活躍のベースはおそらく読書だったんだな、と思います。

とてもいいものを読ませていただきました。

 

■最後に

児玉清という俳優誕生から44年間に起こった出来事を静かに、そっと振り返っています。

あの姿から考えられないくらい、まさかまさかの意外なことが多くて驚きのエッセイです。

 

-エッセイ, 実用書, 文庫本, , 自叙伝

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  1. […] 早く帰りたい、なぜなら家には積読が待っている(393.『負けるのは美しく』著:児玉清 と一緒) […]

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