こんばんわ、トーコです。
今日は、林真理子の『奇跡』です。
■あらすじ
世界的な写真家は、ある女性に恋します。しかし、女性は、梨園の妻で、後継者の男の子の母親でもありました。
「ぼくたちは出会ってしまった」という男女の、不倫というには余りにも高潔な物語です。
■作品を読んで
この作品は、おしゃれ雑誌(CREAかな)で新刊本としては結構大きめの記事で紹介されていた記憶があります。なんか意外性があったので、覚えています。
ストーリーもなかなか衝撃的だったので、これは読んでいいのやら…とちょっとワクワクした気がします。
なんというか、他人の秘密を共有しているような気がしたので、ちょっといいのかなというためらいがありました。
作品は、林真理子の35年ぶりの書き下ろし作品として、出版されました。
夫の田原桂一は既に亡くなっています。読み進めていけばわかりますが、いいことばかりが人生ではなんだな、と思ってしまいます。
この作品がこうして世に出るきっかけを作ったのは、妻田原博子の意向です。著者自身は、田原夫妻の恋愛事情を知っていました。すごい大恋愛の上に結ばれた夫婦であることを。
世に出したいけど、特に、博子側の元家族は現在でも歌舞伎役者として活躍しており、息子も歌舞伎役者です。そこに影響が出ないように配慮する必要もあったがゆえです。いろいろな人に迷惑をかけるため、タイミングを計っていたことも。
しかし、コロナが流行し、明日が分からない中で、本当に公表せずにこれでいいのかと。息子のためと言いつつも、公開しないことが息子のためになるのだろうかと。
そこで、親しい友人の著者に物語を託し、誰かの妨害に遭って連載終了になることを避けるために、書き下ろし作品として出版されました。
田原桂一は世界的な写真家で、カルティエの全店舗の内装デザインも手掛けていました。日本ではあまり名が知られていませんでしたが、パリを拠点に活躍していたからです。
2003年の夏、2人は結婚式場の内覧会に招待され、偶然にも再会することになりました。
これより6年前に博子は祇園祭を見るため料亭の宴会に招待されており、そこに田原もいたので、2人は初見ではなかったのです。その時に見た博子の姿を田原は忘れられずにいました。
そのことを田原は博子にも言いました。2003年の再会はきっと何かが変わるきっかけになるだろう、と博子は日記に綴っています。
当時、博子は33歳、田原は52歳。田原は前妻と離婚調停中ですが、博子は3年前に男児を産んだ、若い梨園の妻で、舅の大名跡襲名が控えていました。
しかし、1度出会った二人は、田原の日本帰国中のわずかな期間に食事等を重ねたり、ちょっとした電話などで、どんどん止まらなくなっていきます。
とうとうお互いの想いがあふれるようになります。しかし、田原も博子の抱えている事情がよくわかっていました。すぐには結婚も何もできないこと。
しかも、博子は息子にもきちんと愛情を注いでいました。希望の幼稚園へのお受験、歌舞伎の稽古、手作りの料理を食べさせたりと多忙のなかでもきちんと息子と向き合う立派な女性であることも田原はちゃんと理解していたのでしょう。
博子も息子と離れたくないと思っていました。息子は分身なんです、と語るくらいですからね。
梨園の妻と息子の子育ての合間に、田原は博子に自分がプロデュースする店のアシスタント・ディレクターとしてかかわるようにいいます。
田原は、博子がなかなかセンスがいいことを見抜いていました。流石芸術家ですね。
息子もスタッフに可愛がられ、田原も博子をビジネスパートナーとして紹介し、田原の周りは2人の雰囲気から関係性を察します。
なんか、うまい具合に着実に2人の関係性が認められ、公然の秘密となっていくのですね。やり方を考えましたなあ。
現在、博子は田原の著作権を守る会社を経営しています。田原の展示会のプロデュースやディレクションをすべて行っています。
さらに、息子のマネジメントも行っており、自主公演も行っています。というか、息子さんのHPがなかなかセンスがいいんですよね…。この方が監修しているんだろうなあ。
梨園の妻として控えめに生きるだけでなく、本当の自分を生きるべきだ、と語ったのは他でもない田原です。田原はそのきっかけを作り、背中を押したのでした。
出会ってから1年後、田原の展覧会と息子の初舞台が重なることがわかります。博子は、子どもを連れて田原の元へ行くことを選びます。
さらに、博子と息子、田原の3人の同居生活も始まります。夜の公演もあり、博子の夫にはばれずに同居生活が始まります。
息子が4歳の時から17歳で田原が亡くなるまで、一緒に暮らしました。
すごいなあ、と思ったのは、母親が父親とは別の男性と恋をしていてどう感じていたのですかという著者の疑問に、この三人がいちばん居心地がいいなと、直感で分かっていたからです。ずいぶん大人びた子どもですなあ…。
田原との同居を選んだころ、舅が稽古場付きの住宅を建てることを選びます。孫である博子の息子可愛さに作ったようです。
しかし、舅は博子と息子が夜にいなくなることに気がついていました。それについては、息子が悪いと思っているようでした。博子は博子なりに義実家への葛藤が深まっていきます。
やがて、息子が15歳になり、昔でいうところの元服を迎える時、博子は離婚し、田原との再婚をしようと決めます。
息子を分身と言って立派な歌舞伎役者にしようと奮闘し、精一杯の愛情を注いでいることを田原は知っていました。決して自分から再婚をと全く言わなかったそうです。
ようやくめでたく再婚するかと思いきや、今度は田原に肺がんが見つかります。闘病の末、亡くなります。ここで物語は終わります。
物語の要所要所で、田原と博子がお互いを尊敬しあい、愛を交わす姿が描かれています。この姿を見てなんというか、ただの不倫ではないな、と思いました。
というのも、2人は精一杯愛し合いましたし、博子も子どもをきちんと育て、ちゃんと嫁ぎ先にも迷惑が掛からないよう梨園の妻としての役割もきちんと果たしていました。
田原もそのあたりの事情を十分に汲んでいました。なんというか、大人です。この関係性はとても羨ましいなあと思いました。こんな人に出会ってみたい。
■最後に
お互いに家や子ども、前妻前夫がいる中での進んではいけないけど、出会ってしまい、恋に落ちたら誰にも止められない恋がここにあります。
不倫と言われたら人ならずの恋と思う人もいるかもしれませんが、この作品はただの不倫というには余りにもチープなほど、高潔さがある愛が描かれています。
■他の作品
これまでに紹介した、林真理子作品です。
42.『本を読む女』、286.『綴る女 評伝・宮尾登美子』、309.『白蓮れんれん』、319.『野心のすすめ』