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【封じられた恋】470.『向田邦子の恋文』著:向田和子

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こんばんは、トーコです。

今日は、向田和子の『向田邦子の恋文』です。

 

■あらすじ

向田邦子には恋人はいないとされていました。

が実は恋人はいました。脚本家としての仕事が軌道に乗り始め徹夜続きの日々で、一途に愛した男性がいました。この作品は遺品の中の手紙や日記をもとにひもといてます。

 

■作品を読んで

まず、向田邦子についてですが、雑誌の編集者を経て、ラジオドラマの脚本といった今でいう放送作家のような仕事をしました。代表作は、『寺内貫太郎一家』などがあります。

やがて、エッセイを書くようになり、1980年に3つの短編で直木賞を受賞します。が、翌年に台湾で飛行機事故に遭い、帰らぬ人となります。

なお、当ブログでもすでに何冊か紹介していますので、参考にしていただければ幸いです。

49.『無名仮名人名簿』178.『お茶をどうぞ 向田邦子対談集』210.『夜中の薔薇』

さて、作品に行きましょう。

この作品は、とても薄くとても読みやすい作品ではあります。なんてったって、175ページしかないんですからね。

しかも、半分は向田邦子と恋人N氏との恋文で、半分はこの作品の一応の著者である向田邦子の妹和子氏による手記というか、まとめというかの文章で構成されています。

冒頭は向田邦子からN氏への手紙の写真です。なかなか達筆で、読みにくい…。

この手紙たちが書かれていた当時の向田邦子は、脚本家として仕事が少しずつ増え始めた中とても忙しい日々でした。

そんな中で、2人はこの当時のテクノロジーの最大限を使って一途に愛を育んでました。

当時のテクノロジーは何せ昭和38年なので、手紙・電報、n氏が残した日記で構成されています。ちなみに、昭和38年は東京オリンピック前です。

かなり肝心なことかもしれませんが、恋人はあくまでN氏とし、作品中で相手の男性の名前は明かしてません。

それはプライバシーの問題もあるためでしょう。この男性はもともとカメラマンで年上の男性で、しかも妻子がいました。いろいろと訳ありな部分の多い恋だったのでしょう。

それに、当時向田邦子の実家も父が浮気をし、華族の中でかなりドタバタの渦中でもあり、長女で長子の向田邦子も何かと家のことも気を配っていました。

そのため向田邦子自身も相手の家族のことをおもんぱかって、名前を公表しなかったんでしょう。おそらく遺族の和子さんも同じことを考えたんだと思います。

手紙や日記を読む限り、向田邦子自身も当時はかなり忙しく、締め切りが近くなるとホテルに缶詰になったり、寝不足徹夜続きの顔で恋人の前に現れることもしばしありました。当時こんな女性いたのかな…。政治家よりも忙しいんとちゃいます?

しかし日記や手紙を読む限り、2人が逢わない時間は2日3日空いてません。さらに驚きは向田邦子は当時まだ実家に住んでおり、杉並の実家からうまいこと恋人の住む高円寺まで通っていました。

よくばれずにうまくやったな、と思いますよ。これはさすがにテクノロジーの発達した現代でもきついわ…。

なんだか、この恋が本当に本気なんだなって言うことが、読み手にもひしひしと伝わってきます。

手紙の中には、向田邦子が病気のN氏を励ますため、ユーモアやおどけた文章を入れたり、なかなかの表現力だなと言う手紙を送ったりと正直文学作品としてもとてもすごい作品だと思います。

対するN氏も、向田邦子が手掛けたラジオ番組の感想を素直に書いていたり、徹夜ばかりでやつれた姿を見て恋人を心配する様子も描かれています。とはいえ、N氏は病気療養中で、体が思うように動かない状態でした。

この恋は翌年の2月にピリオドを打たれます。N氏が自殺してしまったからです。あまりにも突然のことでした。

最愛の人を失った悲しみもさることながら、向田邦子は一体どうやって悲しみと向き合ったんだろうかと疑問ではありますが。

真ん中には、向田邦子のポートレート写真がいくつか収められています。N氏はもともとカメラマンでした。

冬用の帽子をかぶった横顔を撮った写真が、正直なことを言うと女のトーコでも見惚れます。向田邦子自身は結構美人の分類に入りますが、かなり美しいです。

寝そべって挑発するような目でカメラを見たり、椅子にくつろいでいますがテーブルには2つのコップが置かれていたりと、かなり意味深な写真が収録されています。

今となっては誰がどんな状況で撮ったのかは不明です。ただ、撮った人と被写体は親しいはずですし、挑発するような目ができるのはおそらく深い関係でないとおそらく無理。

なので、トーコ個人的には撮った人はN氏のような気がしています。かなりのカメラの腕だったと思います。無念でしょうね…。

一方の家族はというと母親や邦子から数えて9歳年下の和子(著者)は気が付いていなかったのですが、6歳下の迪子は気が付いていました。当時、家の中はごたごたしている中で、長女である邦子は家族がバラバラにならないよう、必死でした。

著者の和子さんは、向田邦子が亡くなってから20年以上の時を経て、手紙を開けます。遺族の責任の下、この恋をドキュメンタリーとして放映するために。

恋文や日記を見て、和子はこう思いました。

秘密までも生きる力に変えてしまう人。向田邦子はそういう人だった、といまにして思う。

N氏と秘密を共有し、人生のよきパートナーとして、お互い頼りにし、寄り添いあって、ある時期を生きた。彼が病気で倒れてからは、二人の絆と信頼はさらに深く、強くなったに違いない。

N氏と生きた時間のなかで、姉はどれだけの生きる糧をもらったことだろう。大きな影響と惜しみない言葉、言葉にならないもののなかに姉は生きる糧の本質を見たのではないだろうか。そこに姉の”書く”の原点があったように思う。姉に”書く”ことを気づかせてくれ、姉をうまく育ててくれた人、N氏はそういう存在だったと考えている。

これで腑に落ちたと思います。しかしまあ、精神力が並みの強さじゃないなあ、と思います。

6歳下の迪子は恋文と日記を見ていませんが、同じような感想を述べています。家族とはいえ、さまざまな思いをもって向かい合っているんだなと思います。

よきパートナーとして時間を共有した日々で、生きる糧がそこにはありました。やっと好きな仕事で食べていけるようになったときに出会い、忙しい合間でのひと時が、この先の向田邦子を育てたのでしょう。

すごい話です…。

余談ですが、向田邦子はN氏が亡くなって半年後に家を出ます。きっかけは、父親とのけんかで、家を出ることを決意。東京オリンピックの初日に引っ越し先を決め、猫1匹とともに引っ越します。東京オリンピックの開会式の日の話です。

 

■最後に

忙しい合間の2人のかけがえのないひと時を見ることができます。

手紙からも2人がお互いを尊重しあっていること、後年の作品から垣間見える絶対的な静かな強さの秘密を見ることができます。

こんな恋がしてみたい、と思わせるくらいの恋文です。もちろん、表現は光っていますが。

 

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