こんばんわ、トーコです。
今日は、小川洋子と堀江敏幸の『あとは切手を、一枚貼るだけ』です。
■あらすじ
かつて愛し合っていた2人は、今は離ればなれに生きている。
14通の手紙はかつて愛し合っていた2人をつなげる。消えたもの、消えない痛み。
手紙にはいくつかの哀しみと秘密が詰まっている。
■作品を読んで
書簡形式と言われて思い出したのが、宮本輝の「23.錦繍」。これもそうでした。そして、かつて愛し合っていた2人が分かれ、その後をやり取りする話でした。
書簡形式というのが気になる方はオススメです。
そして、男性である「ぼく」を堀江敏幸が、女性である「わたし」を小川洋子が描くという、結構豪華な話なのです。
が、すごいのは2人で書いていることを感じさせないくらい息がぴったりというか、同化しているというか。
おそらく共作ということを言われなければ気が付かなかったというくらいのレベルです。驚きます。
最初は正直話に入り込めないなあ、と思ったのですが、5通目くらいからなんとなく話のピースがつながってきました。
もう1度読めばまた何か得られそうな作品です。何度読んでも発見がある。そんな作品になるかと思います。
湖のほとりでの出会いから別れ。それまでにあった様々な出来事。読み進めていけば、なんで2人が離れ離れになり、今日に至ったのかが分かります。
というか、改めて読み返すと、個人的には1通目の手紙が「わたし」の死を予見しているもののような気がしてなりません。この時点ですでに死んでいて、1通目ではなくこれが15通目の手紙というか。
2通目で「ぼく」が目の見えない人だということが分かります。でも、「ぼく」は明るく普通に生きています。
「ぼく」にとって光を失っても、「わたし」の描く情景の言葉が必要だったこと。どんなに離れていても、電話ではなく生の声が必要なこと。
お互いにかけがえのない存在であったことが示されています。すごく穏やかに、感じさせるように、味わい深く表現されています。
「ぼく」は「わたし」への手紙にこういいます。
ともに逃げていける箱舟ではなく、それぞれが孤独を耐えなければならない母船と着陸船
「ぼく」が書き物をしている間、「わたし」はクローゼットで編み物をしていました。「ぼく」が書き物をしている間も「わたし」が編み物をしながら見守っていたのでしょう。
「ぼく」の章を読んでいた時は、2人が互いにうまく自立していて時にはうまくつながっているのかと思いました。
ですが、「わたし」からの手紙を読むと一変します。この作品の象徴というか、未来を暗示しているようです。決して同じ船に乗ることはない。
まるで別れが来ることを予見しているかのような。
ここから、ニュートリノが凄くわかりやすく表現されています。ニュートリノを小説で引用するのはおそらくこの作品だけでしょう。
光の小さな粒が一瞬にして通り過ぎていくように、言葉も然りです。しかし、「ぼく」はこういいます。
単体ではほんのわずかな質量しかない言葉が、闇の中で別のだれかの言葉とぶつかって光を放つ瞬間をとらえた結果だと思うのです。
ニュートリノを引用したのはこういうわけかと悟ります。まさか、言葉についてのもののたとえだとは思いもよりませんでした。
物語を読み進めると、愛し合っていた2人が別れを選んだのかが解明されていきます。
姪っ子が海で波にさらわれてしまい、帰らぬ人となりました。責任を感じた「わたし」は「ぼく」のもとから姿を消すことを選びました。
その時、生まれてくる赤ちゃんのための産着を編んでいましたが、すべてほどいていしまいました。
心が痛いです。もう少し違う方法がいくらもあったでしょうに。
最後の手紙で「ぼく」は「わたし」にこう伝えます。
永久に消えてしまった存在を、不在という言葉に置き換えるのはあまりにも安易です。言い換えの暴力が許されるなら、人は罪をいくらでもごまかして、楽に生きていくことができるでしょう。ぼくたちの暮らしに必要なのは他者への想像力であり、それは暴力的な言い換えを拒むことだと、何度も確認しあいましたね。言葉だけではありません。表現とはなべてそうしたものです。
この文章は2020年を表す一言だなと思います。そういえば、歯医者さんが「今年1年何もできなかったなあ」と治療の帰りにポツリとつぶやいてた。トーコの返しは「何かできた人が少ない年のような気がします」だったっけ。
そして、これまで以上に他者への想像力を要求された1年でもあった気がします。言葉の暴力は時に命をもないがしろにします。
2020年何もできなかったわけではない、こうして生きて本読んでるんだから御の字なのかも。
声は扱いの難しい信号とも言いますが、本当です。表現って色々大変。解釈を間違えられたら逆になることだってあるんだから。
しばらく読み進めると、「ぼく」はこう綴ります。
すでに終了した出来事の可能性をこれから起こりうる状態にまで押し戻し、想像のなかでそれを維持したい。起きるか、起きないか、まだなにもわからない、どちらともつかない状態を壊さずに、未来へと送り出したいのです。
この作品史上1番希望のある言葉です。決して過去を悔い、嘆くのではなく、踏まえたうえでそれでもわからない状態で先へ行く。
なんともまあ、普通ではない。まさか、真ん中の状態で、というのですから。この2人本当に運命をたがえたなあ、と思います。
最後に、「ぼく」が研究室へ向かう途中で、守衛さんから女性が通り、少し会話をした話をします。
そこで「ぼく」は、「わたし」がすでにこの世から去ったことを悟ります。この世から「わたし」が消え、「わたし」の涙をぬぐうことをしないと決めて。
■最後に
入りこむまでは大変かもしれません。ですが、大切なものがちりばめられている、宝物のような小説だという印象に変わります。
2人はそばにいられませんでしたが、最後まで近くにいることができました。静かな物語です。