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小説 短編集

【不思議な短編】479.『獣の夜』著:森絵都

投稿日:12月 25, 2023 更新日:

こんばんは、トーコです。

今日は、森絵都の『獣の夜』です。

リフレッシュ休暇中の男性、原因不明の歯痛に悩まされる女性、サプライズパーティーに連れ出すはずの女性たちに待っていた出来事、

てるてる坊主を久しぶりに作ったら…。

盛りだくさんな短編集です。

 

■作品を読んで

まずは、これまでに紹介した森絵都作品です。

40.『カラフル』 、218.『出会いなおし』

何というか、この短編集非常にバランスが良いです。

森絵都といえば、『カラフル』のイメージがあまりにも強く、なかなか男女の悲哀や日常を描いただけで構成されている短編集の構成だけだと物足りない部分があります。

が、この作品だと最後の作品が『カラフル』のような軽さのある作品もあるので、ちょっとほっとします。

ではでは、作品に行きましょう。

冒頭は、『雨の中で踊る』という作品。

主人公は入社25年目でリフレッシュ休暇をもらい旅行に行くはずが、コロナ禍に当たってしまい、家にいるしかなくなります。

妻はオンライン会議で仕事中で、家に夫がいることに煙たさを感じ、フットマッサージに行くよう言います。

しかも、半ズボンがないので海パンを履くように言います。って軽いいじめだろ。

が、気が変わり、高校時代を過ごした幕張の海岸に出かけます。そこで、同じように悩んでいるバー経営の男性と出会い、なぜか一緒に生き方セッションをする元伝説のロックンローラーに会いに行きます。

そこでみなが思いの丈を吐き出します。一生懸命に働いたはいいが、娘の結婚を直前まで知らされず、何なら義理の息子を結婚式場で初めて見たり。

妻が別な男と浮気をしている可能性も。それについて聞くことができない自分が信用できないことを。

一つ一つを振り返ると、まるで今の家族の姿が偽物の火山が噴火したかのようになっていることを。

家族が事実上崩壊し、勤め先だって所詮は家電の部品のように扱われ、一体いつ引退できるんだかとふと思います。

そんな絶望的な気分になっているとき、居合わせた男が「一緒にヒマラヤに行かないか?」といいます。

海パンがここまで連れてきたんだから、今度は登山服で行けばいいと。

なんだか、身もふたもない話でこんな未来になるのがイヤだなあと思ってしまいます。

だから今の時代は男性も、子供が生まれたら働き方が変わる人、転職して残業を少なくしたりする人が増えるよなあ、と思うのです。

まあ、きっと来ないと思います、トーコには(笑)

『太陽』という作品は、原因不明の歯痛で悩まされる女性の姿を描いています。

女性は、風間歯科医院という家から近く、予約のとれた歯医者に向かいます。なんせコロナのパンデミック禍で、首都が閉鎖されるかもといううわさが流れている中で急遽予約しなければならなかったので、まあ仕方ないと言えば仕方ない。

とはいえ予約が取れやすいって一体どんな歯医者なんだと思いながら、女性は歯医者に行きます。

院長の風間は女性の歯を見て、虫歯ではないと告げます。女性の心の中にある痛みが歯に出てきてしまっている、いわゆる代替ペインが出てしまったといわれます。

お…、すごい展開。歯はほかの部分の痛みだったら、どんなにありがたい(いや違う)ことでしょう。

初回の診療が終わり、受付嬢から渡された内服薬はまさかのキャラメル3個でした。

この設定に爆笑しました。歯医者が出すものにしては、真逆…。

女性は思い当たる原因を考えます。コロナ禍ではなく、おそらく恋人に浮気をされて別れたこと。

それをまずは電話で風間先生に打ち明けますが、風間はおそらくそれが原因ではない可能性が高いことを直感で感じていました。

その通りで、結論はなんと女性が大切にしていた豆皿を割ったこと、それを直視できずにいたことをふとした瞬間に思い出します。

それを病院の診察室で風間に話すと、風間はこういいます。

「いつ終わるとも知れない緊張の連続の中で、あなたはいつも以上に毎日のぬくもりを求めていたはずです。そんなときに太陽を失った。それは宇宙規模の喪失です。それだけあなたがそのお皿を大切にしていたってことです。僕は素敵だと思います。素敵な犯人です」

素敵な犯人。すべてを肯定してくれるその一語に、肩からふっと力が抜けた。私を縛っていた何かがほつれる。滞っていた感情が流れだす。

こんな風に、はた目から見れば重要ではないけど、本人から見れば大切なものを失った悲しみは大きいです。

それを否定せず、まじめにきちんと受け止めてくれる人間(この場合は、医者ですが)いるというのは、話したほうとしてはとても救われます。

しかも、「素敵な犯人」っていい言葉ですね。すべてが肯定される感じで。

女性は豆皿を失った悲しみを思う存分悲しみ、代替ペインがきっと消えることでしょう。

何と最後の診察でお代はなく、風間からラムネが処方されていました。最後まで爆笑の歯医者でした。

最後の作品である、『あした天気に』という作品。

一平は明日の接待ゴルフがイヤでなぜかその時に限って、てるてる坊主をつくります。現代社会では天気アプリなど、そういえば天気を予測するツールが開発され、てるてる坊主はそういえば見なくなりました。

というか、大人になってくるとすっかり忘れていました。

そんな時に、なんとてるてる坊主がしゃべり、「あなたの願いを3つ叶えましょう」といいます。

そんなことがあるのかと半信半疑でゴルフが中止になるくらいの大雨になれとお願いします。はい1個目です。てるてる坊主はそんな願いをかなえます。

一平は地元に帰り、高校時代に一緒につるんでいた小春と再会します。実は一平には阿良太という小学生からの同級生と、小春の3人でつるんでいたのですが、高校3年の冬に阿良太は交通事故で亡くなります。

一平は阿良太が亡くなった痛手から立ち直り切れていませんでした。それは小春も一緒でした。

小春の子どものために運動会の日を晴れにすることと、阿良太が生き返ることをてるてる坊主に託します。

ハッピーエンドになったかと思いきや、一平の心は晴れません。そんな時に、ふと気が付きます。

阿良太が死んだせいじゃなかったってことじゃん?

それは落雷のごとく衝撃的な、かつ身も蓋もない気付きだった。

…略

俺のあしたを晴れにできるのは俺自身だけだったのに。

何を当たり前なと思うでしょう。しかし、日常に忙殺されていたら人はその事実を忘れます。

どんなことでも、心がけ次第できっと変わることができるんだと。設定はちょっとコミカルだけど、気づかせてくれる物語です。

 

■最後に

ちょっとシュールだったり、年齢的に身につまされたり、大切なことに気が付いたり。

あなたに合いそうな物語が見つかること、間違いない作品です。

 

獣の夜

獣の夜

  • 作者:森絵都
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 発売日: 2023年07月07日

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