こんばんは、トーコです。
今日は、キム・チョヨプの『この世界からは出ていくけれど』です。
■あらすじ
この作品は、韓国の若いSF作家が書いた短編集です。
未来に行こうともがく人々へ、時には残酷な現実もありながら、理解や共存を試みるやさしさと希望に満ちた短編集です。
■作品を読んで
この作品を選んだ理由は、ズバリタイトルが妙だったから。なんで、『この世界から出ていくけれど』なんだ…、と。
読めばわかります。メッチャSF小説です。しかも、作家のキム・チョヨプさん、トーコよりも年下の女性でした。
韓国の理科系の大学で生化学の修士号を取得、その在学中に作家賞に応募するも見事に入賞。その後、『わたしたちが光の速さで進めないから』という短編で佳作を受賞、作品はベストセラーになり、本格的な作家活動をします。
結構すごい経歴ですね…。この若さでSF書くって、好きじゃなければきっとできない。
という、まさかこの作品がSF作品だったっていう情報すら知らずに読んだ人だからです。
でも、この方のSFいいな、と思いました。女性が書くとコテコテ感が少なくなるんだなあと思いました。
というわけで、そろそろ作品に行きましょう。
この作品には、7編の短編が収録されています。
トーコが1番好きなのは、『ブレスシャドー』という作品です。結構ネタバレ入りますので、楽しみがなくなるぞおい、と思う方は飛ばしてください。
タイトルの「ブレスシャドー」とは作品の世界というか属している場所そのもののこと。この世界の人は、呼吸から意味を読み取ります。空気中の粒子があればそれだけで認識できます。
さらに言うと、有機分子を学習して合成し、認知システムと相互作用して意味粒子を構成することができる世界でもあります。なんかすげぇ。
主人公のダンヒは意味合成研究所の研究員でした。研究所に入所する前に友人たちから、なんか変なものがいるのではといううわさを聞きます。
最初の出勤日、ダンヒはジョアンという少女に出会います。ジョアンは過去から来た昔の人類でした。(結構、この昔の人類のモチーフが多い気がする…)
ジョアンは瓦礫と化した宇宙船と一緒に氷の下から見つかり、ジョアンは蘇生されます。
しかし、ブレスシャドーの世界に混乱をきたす恐れがあるため、ジョアンの存在を隠すことにします。
ダンヒは、ジョアンから子供のころに抑え方を学んだ粒子が飛んでいるように感じます。それは、悲しみと不安の痕です。
ダンヒは、ジョアンを実験体としか扱おうとしない同僚の研究員たちの姿に疑問を持ちます。
そうこうしているうちに、ジョアンはダンヒに少しずつ心を開こうとします。ジョアンと話すときは専用の通訳機が必要でした。
そんなある日、ジョアンはダンヒにこう聞きます。「どうしてわたしを蘇生したの?」。
ダンヒは返すことができませんでした。研究のためと答えるのはできないから。
なんだか、このシーン切ないんですよ。大人の事情で、本人の意思をガン無視でジョアンは蘇生されちゃってるんで…。
ダンヒは、研究員たちにこう言います。ジョアンがここで暮らせるよう、力を貸すべきだ。それと引き換えに、ジョアンから情報を聞き出すと。
研究員たちは了承し、ジョアンはダンヒの部屋で暮らし始めます。
研究室の怪物はジョアンのことで、ジョアンはプロットタイプの人間だったことが判明しますが、街の人たちの反応は様々でした。
長いあいだ孤立した共同体だったこの地で、外部者とは怪物も同じ、異質で恐ろしいものだった。そのため、行く先々で痛いほどの視線を感じた。ただ外見が似ているというだけでは、その境界を取り払うことは難しかった。
この文章を読んで、これは物語の世界だけじゃないんだな…、と思いました。現実世界でも起っちゃってるよ。
ジョアンはブレスシャドーの世界に住んでそんなに経過していないのに、秘密の場所を見つけ、ブレスシャドーの世界の人はなぜ地下に住んでいるのかを聞きます。
2人は一応異なる世界を生きていました。生きる世界の常識が違うって、こういうことなんだな、と思わせます。
この会話は、ダンヒがジョアンに友情に似た想いを寄せ始めていることがうかがえます。鼓動が早くなるって表現は、とても分かりやすい。
その日を境に2人はお互いについて語り合います。
ダンヒにとってのにおいとジョアンにとってのにおいの意味が違うことを知ります。ダンヒにとっては明確に感情を表すものですが、ジョアンにとっては抽象的なものであります。
ジョアンは地球にいたころ、人は花を贈りあったことをダンヒに伝えます。ジョアンは、いつかダンヒににおいをプレゼントすることを約束します。
それから2年が経過し、ジョアンはライブラリの研究員になります。
しかし、ジョアンは人々から完全に受け入れられることなく腫物のように扱われ、研究員たちも心から大切に扱うことはありませんでした。
ジョアンをこちらの世界に出したダンヒは責任を感じ、新たな通訳機を開発します。
そんなときに、ジョアンは宇宙船復元プロジェクトのための探査チームが組まれるも犠牲者が出てしまい、そこで先頭を引っ張ったジョアンに非難が向けられました。
その後また別の探査チームのメンバーが発表され、その中にジョアンが含まれていました。ジョアンはこういい、ダンヒはこう感じます。
「ここに愛着を抱かせるものが、ここへの憎しみを紛らわせてくれるわけじゃない。それは同時に存在するものなの。あらゆるものがそうであるように」
ダンヒにはジョアンの言いたいことがわかった。ダンヒもやはり、ブレスシャドーが好きでいて嫌いだった。好きな理由よりもはるかに多くの、好きでいられない理由があった。
それはわたしたちの世界でもいくらでも起っていることでは、と思います。仕事に、自分の属する世界に。
けど、ジョアンにはないものがあるため去ることを選びます。最後は決心させるものがあるかどうかの違いなのでしょう。
もう少し読むと、最後のシーンが出ますが、そこは作品を読んでみてください。
とても表現が妙で、決して読みにくくはないSFがあります。
■最後に
違う世界の2人が互いを理解しあうこと、それが世界全体なら等、様々な問題を投げかけてくれます。
共存するってなに、けど、うまくいかない。そんな小さな葛藤をやさしく見つめています。